問題を解こうとする前に、問題を理解する
会議の場でよくある光景がある。「この案件、どうしましょうか」という問いが出た瞬間に、全員がいっせいに解決策を語り始める。誰もが「何が原因か」より「どうするか」を急ぎたがる。
しかし、問題を正確に把握する前に解決策を議論することは、診断前に手術を始めるようなものだ。
ケプナー・トリゴー法(Kepner-Tregoe Method、以下KT法) は、この「急ぎすぎ」を構造的に防ぐフレームワークだ。1958年、社会科学者のチャールズ・H・ケプナーとベンジャミン・B・トリゴーは、米空軍の依頼を受けて将校たちの意思決定プロセスを研究した。その調査から明らかになったのは、優れた判断者ほど「問題の分析」と「決定の検討」を明確に分けていたという事実だった。二人は1965年に研究成果を The Rational Manager(邦題『管理者の判断』)として出版し、KT法として体系化した。
現在もケプナー・トリゴー社はニュージャージー州を拠点に研修・コンサルティングを提供しており、製造業、航空、医療、ITなど幅広い産業での問題解決に使われ続けている。
4つのプロセス
KT法は4つの独立したプロセスで構成される。重要なのは、それぞれが異なる問いに答えるものとして設計されている点だ。一つのプロセスを飛ばしたり、順番を入れ替えたりすると、フレームワーク本来の効果が失われる。
1. 状況評価(Situation Appraisal)
最初のプロセスは、問題を「解こうとする」前段階だ。「今、何が起きているか」「どの問題が最も優先されるか」を整理する。
複数の懸念事項が混在しているとき、人は往々にして最も声の大きい問題、あるいは最近発生した問題に引きずられる。状況評価では、懸念事項をすべてリストアップし、緊急度・重要度・将来の影響を軸にして優先順位をつける。「どれから手をつけるか」を決めることで、以降の分析リソースを集中させる。
2. 問題分析(Problem Analysis)
「問題」と呼ばれるものの多くは、実は「偏差(deviation)」だ。以前は正常に機能していたものが、何らかの原因で変化した結果として現れている。問題分析では、この偏差の原因を特定する。
KT法の問題分析が他の手法と異なるのは、「IS(起きていること)」と「IS NOT(起きていないこと)」の対比を徹底する点だ。
- IS: どの製品ラインで不良が出ているか? どの地域で売上が落ちているか?
- IS NOT: どの製品ラインでは出ていないか? どの地域では落ちていないか?
「起きていないこと」を明示することで、原因の所在が絞り込まれる。「A工場ではある」「B工場ではない」という対比から、両者の違い——設備の違い、担当者の違い、原材料のロットの違い——が浮かびあがる。その「違い」の中に原因が潜んでいる。
5つのなぜ(5 Whys)が「なぜ」を垂直に掘り下げる手法だとすれば、KT法の問題分析は「何が・どこで・いつ・どの程度」という4軸で水平に事実を並べ、IS/IS NOTの対比で原因を絞り込む手法だ。どちらが優れているかではなく、状況に応じた使い分けが重要になる。
3. 決定分析(Decision Analysis)
問題の原因が特定されたら、次は「何をするか」を決める段階だ。ただし、KT法における決定分析は、単に「どの案がいいか」を議論することではない。
まず「 必須条件(MUST) 」と「 望ましい条件(WANT) 」を分ける。MUSTは絶対に満たさなければならない制約条件だ。法的要件、予算上限、納期——これを満たさない選択肢は、いかに優れた案でも候補から外れる。WANTは重要度に応じた加点要素であり、複数の選択肢を比較評価するための軸となる。
さらにKT法では、各選択肢に潜む「 潜在的悪影響 」を明示的に検討する。「この案を選んだ場合、何が悪化しうるか」を事前に問うことで、楽観的な思い込みに基づく意思決定を防ぐ。これは後述するプレモーテムの発想と共鳴する。
4. 潜在的問題・機会分析(Potential Problem / Opportunity Analysis)
決定を下した後、実行段階に移る前の最終プロセスだ。「この計画を実行したとき、何がうまくいかない可能性があるか(潜在的問題)」と「この状況から生まれる追加のチャンスは何か(潜在的機会)」の両面を検討する。
潜在的問題については、発生確率と影響度を評価し、予防策と緊急対応策を準備する。計画を実行しながら問題が噴出するのではなく、「起きたときにどうするか」をあらかじめ設計しておく。
他の思考法との比較
第一原理思考は「前提を疑い、ゼロから再構築する」ための方法だ。既存の枠組みが行き詰まったとき、あるいはまったく新しい解を求めるときに威力を発揮する。対してKT法は、「現状のどこに偏差があるか」を特定し、「なぜそうなったか」を論理的に追う。どちらも問題解決の道具だが、出発点が異なる。第一原理思考は「前提を疑う」、KT法は「事実を整理する」。
プレモーテムは「失敗を先に想像して計画を検証する」逆算の発想だ。KT法の第4プロセスである潜在的問題分析は、目的が近い。両者の違いは、プレモーテムが「なぜ失敗したかを語る」という感情的コミットを使うのに対し、KT法は発生確率・影響度・予防策という構造的な分析フレームを使う点だ。感情的な想像力を引き出したいならプレモーテム、体系的な網羅性を確保したいならKT法が向いている。
ビジネス現場での活用例
製造業での品質問題対応: ある製品ラインで不良率が突然上昇した。IS/IS NOT分析で「今週から」「A工場のみ」「夜勤帯のみ」という絞り込みが進む。両者の違いを洗い出すと、今週から夜勤の担当者が変わっていた事実が浮かびあがる。原因仮説を事実で検証し、的確な対策が打てる。
ITシステムの障害対応: サーバーの応答速度が特定の時間帯にのみ低下する。IS NOTを丁寧に整理することで「どのサーバーで」「どの時間帯に」「どのリクエストタイプで」発生しているかが明確になり、ログ分析の範囲を絞り込める。感覚的な推測より大幅に早く原因にたどり着く。
新規投資の意思決定: 複数の候補地から工場建設地を選ぶ場合、MUSTとして「用地面積」「電力供給量」「輸送インフラ」を設定し、WANTとして「地域の人材採用力」「税制優遇」「将来の拡張余地」を重み付けして比較する。感情的な推しや声の大きさではなく、条件の充足度で判断できる。
KT法の限界と注意点
KT法が最も機能するのは、「かつて正常だったものが変化した」という偏差型の問題だ。新しい製品開発やゼロからのデザインのように、比較対象となる「正常状態」がない場面では、IS/IS NOT分析の威力が半減する。
また、4つのプロセスを丁寧に踏むことは、時間と労力を要する。緊急の場面では、どこかのプロセスを省略する誘惑に駆られる。しかしプロセスを省略した途端に、KT法はただの「思いつきの会議」に戻る。スピードと精度のトレードオフを、状況に応じて意識的に判断する必要がある。
さらに、KT法は「事実を整理する」フレームワークだ。事実の収集が不完全なまま分析を進めると、精度の高いプロセスを経ても誤った結論に至る。フレームワークの精緻さは、インプットの質を超えられない。
分けることで、見えてくるもの
KT法の本質は、「問題の分析」と「意思決定」を意図的に切り離す点にある。
多くの組織では、問題が発生した瞬間に「どうするか」の議論が始まる。その場で最も声が大きい人の案が採用され、後から「なぜそうなったか」が曖昧なまま対策が走り始める。似た問題が繰り返し起きるのは、多くの場合、根本原因が特定されていないからだ。
問題を解こうとする衝動を一度抑え、「IS」と「IS NOT」を書き出すだけで、会議の質は変わる。原因の議論が事実の確認に置き換えられ、推測が根拠に置き換えられていく。
問題と決定を分けることで、何が変わるか——それは「速さ」ではなく「精度」だ。より早く間違った答えに到達することより、少し時間をかけて正しい問いに向き合うことを、KT法は選ぶように促す。
あなたの組織では、「何が問題か」と「どうするか」が同じ会議で同時に語られていないだろうか。
参考文献
- Kepner, C. H., & Tregoe, B. B. (1965). The Rational Manager: A Systematic Approach to Problem Solving and Decision Making. McGraw-Hill.
- Kepner, C. H., & Tregoe, B. B. (1981). The New Rational Manager. Princeton Research Press.(改訂増補版)
- Kepner Tregoe Inc. 公式サイト: https://www.kepner-tregoe.com/