宇宙に持ち出せないもの
宇宙探査の最大の制約の一つは、 ロケットのフェアリング(先端カバー)の直径 だ。現在のロケットが打ち上げられる際、機器は直径数メートルのフェアリングに収まらなければならない。
しかしジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の主鏡は直径6.5メートル。フェアリングには入らない。太陽光を遮るサンシールドは展開後21メートル×14メートル。宇宙に出てから広げる必要があった。
「大きいものを小さく折りたたむ」——この問題に取り組む工学者たちが注目したのが、折り紙数学(Computational Origami)だった。
三浦折りという革命
1970年代、東京大学の宇宙物理学者 三浦公亮(Koryo Miura) は、宇宙での太陽電池パネルの展開問題に取り組んでいた。大面積のパネルを小さく格納し、宇宙で確実に広げる方法が必要だった。
三浦が開発したのは「三浦折り(Miura-ori)」と呼ばれる折り方だ。平行四辺形のパターンを格子状に折ることで、単一の動作——引っ張るか押すか——でパネル全体が一斉に展開・折りたたみを行う。蛇腹折りに似ているが、折り目の角度が工夫されており、どの方向からも均等に力が伝わる。
この三浦折りは、1995年の SFU(Space Flyer Unit) の太陽電池パネル展開で実際に宇宙空間で使用された。折り紙の数学が、初めて宇宙に出た瞬間だ。
JWSTへの応用
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(2021年打ち上げ)のサンシールド折りたたみには、三浦折りを含む複数の折り紙原理が組み合わされた。
5層のサンシールドはアコーディオン状に折りたたまれ、打ち上げ後に精密な順序で展開される。折り目の配置はコンピュータシミュレーションと折り紙数学者の協力で設計された。展開の失敗は望遠鏡全体の破損を意味し、修理に人が行くことはできない。
6.5メートルの鏡を18枚の六角形セグメントに分割してたたむ設計 にも、折り紙の「分割と再統合」の思想が活きている。
両分野の深層にある同一の問い
折り紙と宇宙工学は、表面的に全く異なる。しかし深層では同じ問いに向かっている。
「2次元の平面を3次元の構造に変換するとき、何が保存され、何が変化するか。」
折り紙師は紙を折ることで、平面から立体を作る。宇宙工学者は3次元の構造を2次元的に「折りたたむ」ことで、平面状の格納状態を作る。どちらも「折り目という線の幾何学」を操作する。
数学的には、折り紙の平坦折り可能条件(Kawasaki’s theorem等)、折り順序の決定問題(layer ordering)は計算複雑性理論の対象になっており、折り紙は単なる工芸ではなく 組み合わせ論的な問題 だ。
異分野交差が生み出すもの
三浦公亮は「折り紙数学者」ではなかった。彼は宇宙物理学者が「展開問題」を解くために、折り紙の幾何学的原理を参照した。
ここに異分野交差の典型的な構造がある——解くべき問題の構造が、まったく別の分野の「技術の記述」と一致したとき、知識の移転が起きる。
折り紙師が千年かけて蓄積した「折り目と平面の関係についての知識」は、宇宙工学の問題に対する暗黙の解法ライブラリだった。三浦はその図書館に気づいた探索者だった。
あなたが専門とする分野の「未解決の問題の構造」は、どこか別の分野ですでに解決されているかもしれない。問いの構造を抽象化することが、異分野交差の入口だ。
参考文献
- 三浦公亮「宇宙構造物の展開機構と折り紙の幾何学」『日本航空宇宙学会誌』第44巻、1996年
- Robert J. Lang 著『Origami Design Secrets: Mathematical Methods for an Ancient Art (2nd ed.)』A K Peters/CRC Press、2011年(ISBN: 978-1-56881-716-4)
- NASA James Webb Space Telescope Project Science: “Sunshield Overview,” NASA Technical Reports, 2022年
- Erik Demaine & Joseph O’Rourke 著『Geometric Folding Algorithms: Linkages, Origami, Polyhedra』Cambridge University Press、2007年(ISBN: 978-0-521-71522-5)
- 川崎敏和「折り紙の数学——平坦折りの理論」『数学セミナー』1989年5月号