「純粋科学」への投資
1928年、 デュポン社 は実験ステーションに「 純粋科学研究部門 」を設立した。
当時としては異例の決断だった。企業の研究は実用的な製品開発であるべきという常識に反して、デュポンは「すぐには製品につながらないかもしれない基礎研究」に投資することを選んだ。その部門のトップに招かれたのが、ハーバード大学の若き有機化学者 ウォレス・ヒュー・カロザース 、31歳だった。
カロザースの研究テーマは 高分子(ポリマー) だった。当時、高分子の存在そのものが化学界で議論されていた。ドイツの化学者ヘルマン・シュタウディンガーは「長い鎖状の分子が存在する」という説を提唱していたが、多くの化学者はそれを信じていなかった。カロザースはシュタウディンガーの説を支持し、実験によって証明しようとした。
研究の方向性はシンプルだった。小さな分子を長い鎖につなぎ合わせれば、どんな特性を持つ素材が生まれるか?
「分子蒸留器」という発明
カロザースの研究室で最初に生まれた成果のひとつが ネオプレン(合成ゴム) だったが、彼の最大の興味は「繊維になれる高分子」にあった。
高分子合成の問題は、反応が途中で止まってしまうことだった。化学反応の副産物として水分子が生成されると、その水が反応を阻害して分子鎖の成長が止まる。カロザースの研究チームは 分子蒸留器 という装置を考案し、反応中の水を即座に除去することで、はるかに長い分子鎖を合成することに成功した。
1930年、研究員の ジュリアン・ヒル が合成した素材をガラス棒で引き伸ばしてみると、細く長い繊維が伸びた。さらに面白いことに、この繊維は常温でも引き伸ばすことができ、引き伸ばすほど強度が増した。後に「 コールドドロー 」と呼ばれるこの現象は、分子が引き伸ばしによって配向するためだ。
カロザースとヒルはこの特性に興味を持ち、実験室で廊下を走りながら繊維を引き伸ばす試験(後に「コールドドロー走行」と呼ばれる)を繰り返したという。
ナイロン66の誕生
最初の繊維は絹の代替として使うには不十分だった。融点が低く、アセトンなどの溶剤に溶けてしまう。カロザースは5年にわたって数十種類の高分子を合成し続けた。
1935年2月、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸を重合させた ポリアミド(ナイロン66) が完成した。融点は263℃と高く、引張強度は絹をはるかに超え、しかも細い繊維に紡ぐことができた。
デュポン社はこの素材に ナイロン(Nylon) という商標名をつけた。名前の由来については諸説ある——「ニューヨーク(NY)+ ロンドン(LON)」という説、あるいは単に語呂の良い音を選んだという説など、公式の由来はデュポン社によると「特定の意味はない」とされている。
1939年の「ナイロンの日」
1939年10月24日、ナイロンストッキングがニューヨークで一般発売された。この日は後に 「ナイロンの日(N-Day)」 と呼ばれる。
発売初日に72,000足が完売した。1940年の本格的な全国展開では、発売から4日間で400万足以上が売れたとされている。当時の女性たちにとって、天然シルクのストッキングは高価な贅沢品だった。ナイロンはシルクに匹敵する滑らかさと強度を、より安価に実現した。
しかし翌1941年、アメリカは太平洋戦争に参戦した。デュポン社のナイロン生産は全面的に軍需用——パラシュート、ロープ、防弾チョッキ——に転換された。民間向けのナイロン製品が消えると、女性たちは脚に絵を描いて「ストッキングを履いているように見せる」という苦肉の策を取ったという記録も残っている。
戦後の1945年から1946年にかけて民間販売が再開されると、「ナイロン暴動」と呼ばれるほどの混乱が各地で起きた。
発明者の孤独な最期
ナイロンの成功を、カロザース本人は知らなかった。
彼は生涯にわたってうつ病に苦しんでいた。天才的な研究者でありながら、自分の研究成果に自信が持てず、「自分は本当に何も生み出していない」という強迫観念に取りつかれていたとされる。
1936年、彼はメアリー・スウィーニーと結婚し、翌年には娘が生まれた。しかし精神状態は悪化し続け、1937年4月29日、カロザースは姉の死去から数日後にフィラデルフィアのホテルの部屋で死亡した。41歳だった。青酸カリを混ぜたレモンジュースを飲んだと報告されている。
ナイロンが世界を席巻したのは、カロザースの死後2年のことだった。
この問いと向き合うとき
石炭と空気と水から作られる繊維——ナイロンの誕生は、化学という学問が物質の可能性を根本から変えた瞬間だ。
この物語が教えてくれること
ナイロンの誕生は、「企業による基礎科学への投資」が生んだイノベーションの典型例だ。即座の利益を求めず、純粋な知的探求を支援したデュポン社の判断が、繊維産業を根本から変えた素材を生み出した。
しかし同時に、この物語はイノベーションの「人間的な側面」も照らし出す。カロザースは天才だったが、自分の偉大さを信じることができなかった。成功の果実を味わうことなく、自ら命を絶った。
偉大な発明が、発明者を救うとは限らない。
研究の成果と、研究者本人の幸福は別の問題だ。カロザースの物語は、創造的な仕事に従事する人々に対して、成果だけでなく「その人自身」を見る視点の大切さを教えている。
思考を刺激する問い
- 「基礎研究への投資」が報われるまでの時間を、あなたの組織は待てるだろうか?
- カロザースのように、自分の偉大さを自分だけが信じられない状況に陥ったとき、何が助けになるだろうか?
- 「石炭と空気と水」から繊維を作ったように、今あなたの周囲にある「ありふれたもの」を組み合わせると何が生まれるか?
発見がつながる先
参考文献
- Carothers, W.H. (1937). U.S. Patent 2,130,523. “Linear Condensation Polymers”
- Hounshell, D. & Smith, J. (1988). Science and Corporate Strategy: Du Pont R&D. Cambridge University Press
- Hermes, M. (1996). Enough for One Lifetime: Wallace Carothers, Inventor of Nylon. American Chemical Society