脳波作曲時代:思考が旋律になる日
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脳波作曲時代:思考が旋律になる日

脳波を直接音楽に変換するBCIデバイスが普及し、「演奏技術」という概念が消滅した未来。音楽とは何か、創造とは何かを問い直す。

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スウェーデンの神経工学企業 ニューロハーモニー社 は十八日、脳波を直接音楽信号に変換するBCIデバイス 「NeuroHarmony NX-1」 の一般販売を二〇三〇年四月一日から開始すると発表した。価格は十四万八千円。側頭部に装着する非侵襲型のヘッドバンドで、装着者が音楽を「思い浮かべる」だけで、その脳波パターンを リアルタイムで楽曲データに変換 する。楽器の演奏経験は一切不要。同社の試算では、発売から三年以内に全世界で 二億台 の出荷を見込んでいる。

きっかけは、二〇二七年に米国カリフォルニア工科大学の研究チームが発表した論文だった。聴覚野と運動野の中間に位置する側頭頭頂接合部に、 「内的音楽表象」 ——頭の中で音楽を鳴らしている状態——に対応する固有の神経発火パターンが存在することが解明された。この発見により、脳波から音楽的意図を読み取る精度は従来の十七パーセントから 九十一パーセント に跳躍した。ニューロハーモニー社の創業者エリク・ルンドベリ氏は「これは楽器の発明以来、 音楽史上最大の転換点 だ」と語った。

だが、最初に悲鳴をあげたのは音楽家たちだった。

世界的ピアニストの藤田響子氏は、NX-1のデモ映像を見た直後にSNSにこう投稿した。「四歳からピアノを弾いてきた。毎日八時間。指の腱を二度壊した。 三十年かけて手に入れたものが、ヘッドバンドひとつで無意味になる 」。投稿は七十二時間で一億二千万回閲覧された。全日本音楽家組合は緊急声明を出し、「演奏技術の軽視は音楽文化の根幹を揺るがす」と警告した。

一方、NX-1は予想外の領域で爆発的に受け入れられた。全国の高齢者施設だ。パーキンソン病で指が動かなくなった元ジャズピアニスト、八十三歳の中村敬一郎氏がNX-1で即興演奏を行った動画は、三日で 五億回再生 された。中村氏は涙を流しながらこう語った。「六十年間ピアノの前に座ってきた。指が止まってからの十年間、頭の中ではずっと鳴っていた。 やっと、それが外に出た 」。この映像は藤田氏の批判投稿と並んで拡散され、ネット上は「 NX-1は音楽の民主化か、音楽の破壊か 」で二分された。

二〇三二年、最初の衝撃が走った。スウェーデンの十四歳の少女ノーラ・エクストレムが、NX-1だけで制作した交響曲 「沈黙の後に」 が、ヨーテボリ交響楽団によって初演され、 グラミー賞最優秀現代クラシック部門 にノミネートされたのだ。ノーラは楽器を一度も演奏したことがない。楽譜も読めない。だが彼女の脳が「聴いた」交響曲は、批評家を沈黙させた。ニューヨーク・タイムズの音楽評論家マイケル・チャンは「このスコアには、音楽教育を受けた者には 絶対に書けない構造 がある。和声の文法を知らないからこそ到達できた場所がある」と評した。

だが、音楽理論家の間では深い困惑が広がった。東京藝術大学の三枝弘樹教授はこう問いかける。「NX-1が変換しているのは 意識的な作曲意図 なのか、それとも 無意識の神経ノイズ なのか。装着者が『こんな旋律にしたい』と思って生まれた音と、たまたま脳の背景活動が生み出した音を、区別する方法がない。もしノーラの交響曲の美しさが無意識の産物だとしたら、それは 彼女の創造 と呼べるのか」。

問題はさらに深化した。二〇三四年、ニューロハーモニー社が新モデル 「NX-3 Dream」 を発表。睡眠中の脳波を楽曲に変換する機能を搭載した。レム睡眠中の脳波が生成した音楽は「 ドリーム・スコア 」と名づけられ、覚醒時の作曲とはまったく異なる——調性は不安定で、リズムは非対称、しかしどこか原初的な 懐かしさ を帯びていた。あるユーザーは自分のドリーム・スコアを聴いて「 知らない曲なのに、泣いた 」と報告した。

コペンハーゲン大学の意識研究者リーナ・クリステンセン教授は「ドリーム・スコアは作曲ではない。 脳の独白 だ」と定義し、次の問いを突きつけた。「眠っている人間に著作権は発生するのか。夢を見ている脳は 創作者 なのか。それとも脳は単に化学反応を起こしているだけで、それを音楽と解釈しているのは聴く側の脳なのか」。

音楽産業の地図も塗り替えられた。二〇三六年の音楽市場では、NX-1以降のBCIデバイスで制作された楽曲が全配信楽曲の 六十七パーセント を占めた。「アーティスト」の定義は拡張され、楽器が弾けなくても、楽譜が読めなくても、極端な話、 音楽を意識的に作ろうとしていなくても 、脳が音楽を生み出す。Spotifyは新たなジャンルカテゴリ 「ニューロジェニック」 を新設し、意識的作曲と無意識的生成を区別しないことを公式方針とした。全日本音楽家組合は再び抗議声明を出したが、その文面には前回のような激しさはなかった。声明の最後にはこう記されていた。「我々は問わねばならない。 音楽の才能とは何だったのか 」。

藤田響子氏は二〇三七年のインタビューで、四年前の自分の投稿についてこう振り返った。「あのとき私は、三十年の修練が無意味になると嘆いた。でも今は違う問いを抱えている。指が動くことと、音楽が生まれることは、 本当に同じことだったのか 。私はピアノを弾いていたのか、それとも脳が弾いていたのか。指は——ただの 経路 だったのではないか」。

思考が旋律になる時代に、「音楽の才能」という言葉は奇妙な空洞を抱え始めている。技術を磨くことに意味があったのか。その問いへの答えを、私たちの脳はとっくに知っているのかもしれない。ただ、 それを言葉にする回路 を、人間はまだ持っていない。

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