国連人間環境会議は十一日、「 孤独(ソリチュード) 」を水資源・清浄大気に続く 第三の基本的人類資源 として正式に認定した。決議は賛成百七十二、反対三、棄権十一。反対票を投じたのは国内全域に常時接続インフラを完備したエストニア、シンガポール、カタールの三カ国のみだった。
決議の背景にあるのは、二〇四〇年代から急速に進んだ 「つながりの飽和」 と呼ばれる現象だ。二〇二六年、メタ社が開発した空間コンピューティング端末が爆発的に普及したことを皮切りに、人間の社会的接続は加速の一途をたどった。二〇三五年には脳波連動型SNS 「ニューロリンク・ソーシャル」 が登場し、感情をリアルタイムで共有する「エモーション・フィード」が日常化。二〇五〇年代には皮下埋め込み型デバイス 「ダーマコネクト」 の装着率が先進国で九十三パーセントに達し、物理的に一人でいても常に誰かの感情波形が体内を流れる状態が「普通」になった。
孤独は消えた。そして、消えた瞬間に人類はそれが 不可欠だった ことに気づいた。
世界保健機関(WHO)が二〇六八年に発表した報告書 「接続疲労症候群(CFS)に関する緊急勧告」 は衝撃的だった。常時接続環境下で育った世代の 七十一パーセント が慢性的な判断力低下を示し、創造性テストのスコアは非接続世代と比較して 四十四パーセント低い という結果が出た。脳神経学者の朝倉理沙・京都大学教授は「脳は他者の情動に同調し続けることで 自己の内的対話 を失った。考えるためには、まず一人にならなければならない」と警鐘を鳴らした。さらに深刻だったのは、常時接続世代に頻発する 「自我希薄化症候群」 ——他者の感情と自分の感情の境界が曖昧になり、自分が何を感じているのかわからなくなる精神疾患だった。二〇七〇年時点で先進国の成人の 十八パーセント が何らかの自我希薄化症状を呈していた。
各国は急ぎ対策に動いた。フィンランドが二〇七一年に設置した世界初の 「静寂保護区(サイレンス・サンクチュアリ)」 は、半径五十キロメートル以内のすべての電磁波通信を遮断する国家管理区域だ。入域には政府発行の 「孤独許可証(ソリチュード・パーミット)」 が必要で、初年度の発行枠三万件に対して 四百二十万件 の申請が殺到した。入域料は一泊あたり十二万円。転売市場では五十万円を超えた。
日本政府も二〇七三年に 「静寂権基本法」 を成立させ、国民一人あたり年間最低七十二時間の「非接続時間」を保障する制度を導入した。だが、施行初年度に実際にこの権利を行使した国民は全体の わずか八パーセント だった。総務省の調査で判明した最大の理由は「 一人でいることが怖い 」——常時接続に慣れた脳が、沈黙に耐えられなくなっていたのだ。
最大の皮肉は、孤独が資源化されたことで 孤独すら商品 になったことだ。グローバルIT企業 ネオサイレンス社 は、脳波シールド技術を用いた「 プレミアム孤独体験 」サービスを展開し、月額三十九万円のサブスクリプションで「完全な一人の時間」を提供している。同社の時価総額は二兆ドルを超え、「 つながりを売って巨大化した企業が、今度は切断を売って巨大化している 」と経済誌は報じた。フィンランドの哲学者アンティ・サーリネンは「資本主義は孤独すらコモディティ化した。次は何だ。沈黙か。夢か。死か」と講演で嘆いた。
一方、開発途上国では別の光景が広がっている。通信インフラが未整備なサハラ以南アフリカの農村地域が、皮肉にも 「世界最大の天然孤独資源保有地域」 と呼ばれ始めた。先進国の富裕層がデジタル・デトックス目的で押し寄せ、モザンビークの寒村では「 Wi-Fiが届かない丘 」が一泊五百ドルの宿泊施設に変わった。地元の長老は困惑しながらこう語る。「彼らは何もない場所に大金を払いにくる。私たちが欲しいのは、彼らが逃げてきたものだ」。
東京大学・未来社会デザインセンターの守谷春彦教授はこう分析する。「人類は百万年をかけて社会的つながりを発達させ、わずか三十年でそれを飽和させた。孤独の資源認定は、テクノロジーが解決した問題が、次のテクノロジーで解決すべき問題を生む 永久ループ の象徴だ」。
静寂保護区の入口に掲げられた標語はこうだ——「 ここでは、誰にも届かない。それが、あなたに届くすべてだ 」。つながることが人間の本能なら、切断することもまた本能の一部なのだろうか。その答えは、電波の届かない場所でしか聴こえない。


