問いの形式が、思考の形式を決める
「なぜこの問題が解決できないのか」と問う人と、「どうすればこの問題を解決できるだろうか」と問う人では、出てくる言葉が違う。
これは当然のことのように聞こえる。しかし私たちは、気づかないうちに前者の問いを選んでいることが多い。
How Might We(HMW) は、問いの形式を意識的に操作することで、思考の方向を変える技法だ。
HMWとは何か
How Might We は、課題を「どうすれば〜できるだろうか?」という形式に変換する質問フレームワークだ。
直訳すれば「私たちはどのようにすれば〜できるかもしれない?」。この形式には、三つの言葉が意図的に選ばれている。
「How(どのように)」 は、問題の原因ではなく解決策の方向へ思考を向ける。「なぜ失敗したか」ではなく「どう変えられるか」。
「Might(かもしれない)」 は、断定を取り除く。「できる」ではなく「かもしれない」——この一語が、失敗のリスクを心理的に軽くする。間違っていても構わない、可能性を探っているだけだ、という許可証になる。
「We(私たち)」 は、問いを個人の責任から集団の探索へ移す。「私が解決しなければならない」ではなく「私たちで考えていい」。
三語が合わさって、開かれた発想空間を作り出す。
歴史:問いの発明者たち
HMWの起源は1970年代に遡る。
この形式の普及に決定的な役割を果たしたのは、P&Gのクリエイティブマネージャー、ミン・バサドゥルだ。彼は1971年に創造的問題解決の研究者シド・パーンズのワークショップに参加し、その学びをP&G社内に持ち帰った。
1973〜74年頃、バサドゥルは「How Might We…?」という問いの形式を社内会議に導入し、参加者の発言量と提案の多様性が増すことを観察した。なお、「In What Ways Might We?」という原型の問いはパーンズが1967年の著作で先に整理していた。
1991年に設立されたデザインコンサルタントのIDEO(アイディオ)は、この形式を自社のデザイン思考プロセスの中核に位置づけた。IDEOの共同創業者デイヴィッド・ケリーが2005年に設立に関わったスタンフォード大学d.schoolがこの手法を教育プログラムに採用したことで、2000年代以降、世界中の企業・教育機関・行政機関に広まった。
HMWは「発明」されたわけではない。問いの力は昔から存在していた——それを意識的に使えるように整えた人たちが、時代ごとに現れた。「発見されて、磨かれた」技法だ。
なぜ機能するのか
問いの形式は思考の形式を決める——これは認知科学的にも支持される観点だ。
私たちが問いを立てるとき、脳は答えを探し始める。「なぜうまくいかないのか」と問えば、失敗の証拠を収集するモードに入る。「どうすれば改善できるか」と問えば、可能性の探索モードに入る。同じ現実を前にしても、問いが違えば、見えるものが違う。
加えて、HMWには 心理的安全性を構造的に生み出す 効果がある。
多くの組織でブレインストーミングが機能しない理由の一つは、「変なアイデアを言ったら馬鹿にされる」という恐れだ。HMWは問いの形式自体が「これは試行錯誤の場だ」と宣言することで、その恐れを事前に解除する。
失敗は「探索の一部」として再定義される。
問いの粒度をコントロールする
HMWの技法的な核心の一つは、問いの粒度の調整 にある。
問いが大きすぎれば、思考は霧散する。問いが小さすぎれば、解決策が一つのアイデアに収束してしまう。ちょうどいい粒度の問いが、発散と収束のバランスをとる。
大きすぎる例: 「どうすれば日本の教育を変えられるだろうか?」
小さすぎる例: 「どうすれば職員室の机の配置を変えられるだろうか?」
適切な例: 「どうすれば授業中に生徒が自分の疑問を安心して口にできるだろうか?」
粒度のテストとして、「この問いから5つ以上の全く異なるアプローチが考えられるか」を確認する方法がある。5つ以上思い浮かばなければ、問いが小さすぎるか方向性が固定されすぎている。
実践:HMWの作り方
HMWは観察から始まる。デザイン思考の言葉では「インサイト(洞察)」と呼ばれる、ユーザーや現場への深い観察から浮かび上がった気づき。
たとえば、社員食堂の改善プロジェクトでこんな観察があったとする。「昼休みに一人で食べている社員が多く、会話が生まれにくい」。
この観察を、いくつかの角度からHMWに変換できる。
「どうすれば食堂で偶然の会話が生まれやすくなるだろうか?」——環境に注目した問い。
「どうすれば一人でいることを選んだ人も疎外感を感じないようにできるだろうか?」——個人の経験に注目した問い。
「どうすれば食事の時間が社員のエネルギーを回復させるものになるだろうか?」——目的を問い直す問い。
同じ観察から、複数のHMWが生まれる。それぞれが異なる解決策の空間を開く。
問いを間違える技法として使う
HMWには、意図的に「ずらした問い」を作る使い方もある。
元の課題が「どうすれば顧客の不満を減らせるか」なら——
「どうすれば顧客がそもそも不満を気にしなくなるだろうか?」(問いの前提を変える)
「どうすれば不満のある顧客が最も強力な支持者になるだろうか?」(逆転させる)
「どうすれば不満の声を製品開発チームへの直接入力にできるだろうか?」(不満をリソースに変える)
問いを「ずらす」ことで、前提そのものが問い直される。これはデ・ボノの水平思考と構造が近い。問いの形式が違っても、思考の深層では同じ動きが起きている。
HMWを使う場面
HMWは特定のステップに縛られた技法ではない。思考のどの段階でも使える。
問題の定義段階では、漠然とした課題を具体的な探索空間に変換する。「売上が伸びない」という問題を「どうすれば既存顧客が再訪する理由を自ら語りたくなるだろうか?」に変える。
アイデア発散段階では、ブレインストーミングのプロンプトとして使う。一つのHMWにつき、時間を区切って(5〜10分)可能な限り多くのアイデアを出す。
行き詰まった議論の打開にも有効だ。「なぜこれが難しいのか」という方向に議論が固まってきたとき、HMWに変換して問い直すことで思考の流れが変わる。
一人の内省にも使える。日記やノートで「今日感じた違和感」をHMWに変換してみる。問いが残れば、翌日の行動が変わる。
HMWと他の問いかけ技法との違い
類似した技法として、「5Whys」や「ソクラテス式問答」がある。
5Whysは「なぜ問題が起きたか」を繰り返し問い、根本原因にたどり着く。診断には強いが、そこから解決策を発散させる方向には向かいにくい。
ソクラテス式問答は、相手の主張の矛盾を問いかけで明らかにする技法だ。前提を解体することには長けているが、これも創造的な発散のための道具ではない。
HMWの向きはこの二つとは違う。原因の探索でも前提の解体でもなく、解決策の空間を広げること が目的だ。
三つを組み合わせることもできる。5Whysで根本原因を特定し、HMWで解決策空間を広げ、ソクラテス式問答でアイデアの前提を検証する。
問いの種類を使い分けることが、思考の幅を決める。
問いが残るとき
HMWの最も重要な特徴は、答えよりも問いを大切にすることだ。
良い問いは、その場で解決策を生むだけでなく、後から何度も取り出せる。問いが頭の中に残り、シャワーを浴びている時、電車に乗っている時、眠れない夜に、突然つながるものがある。
「どうすれば〜できるだろうか?」——この形式は、未来を仮定法で語る。まだ存在しないものを、あるかもしれないものとして扱う。
問いを正しく立てることは、まだ存在しない解決策への招待状だ。
答えを急ぐより、問いを磨く時間を長くとることが、時に最短距離になる。
実践のための問い
最後に、HMWを使い始めるための問いを置いておく。
「あなたが今、本当は変えたいと思っているのに、まだ問いにしていないことは何か?」
その答えをHMWに変換するところから、始められる。