思考に「非常口」を設ける
判断を求められるとき、人は何かをやめる。
疑問をやめる。別の角度をやめる。素早く「良い」か「悪い」かに仕分ける。それが判断だと信じているから。
エドワード・デ・ボノ(Edward de Bono, 1933–2021)は、この信念をずっと疑っていた。
マルタ生まれの医師・心理学者・哲学者。1967年の『The Use of Lateral Thinking』で「水平思考(Lateral Thinking)」を提唱し、生涯70冊以上の著書を通じて「思考そのものを教えることができる」と主張し続けた人物だ。
PMI法はその思想の一つの結晶だ。Plus、Minus、Interesting——三つの列で構成されるこのフレームを、デ・ボノが最初に体系的に提示したのは1982年の『de Bono’s Thinking Course』においてだった。出発点は、教室での小さな実験だった。
一本の線が、思考を変えた
デ・ボノは中学生たちに問うた。「もし学校で毎週5ドルもらえるとしたら、どう思うか」
最初の反応は、ほぼ全員が「良い」。お金がもらえるのだから、当然だ。
そこでデ・ボノは指示した。「P(Plus)を出して、M(Minus)を出して、I(Interesting)を出して、3分間考えてみよう」
3分後、教室の風景が変わっていた。半数以上の生徒が「やっぱりよくないかもしれない」と意見を変えていた。
理由を理解しないまま金銭を受け取ることへの違和感。誰がそれを払うのか。目的は何か。受け取れない生徒との不平等はどう生まれるか。学ぶことにお金が紐づいたとき、学ぶ動機はどこへいくのか——
これらはすべて、最初の反射的賛成には含まれていなかった。しかし3分間の構造的探索が、それを引き出した。
デ・ボノが結論したのは一行だ。「最初の感情的反応は、しばしば思考の終わりではなく、思考の前に位置する」
PMIは、その「思考の前」にある反射を、ゆっくりと本物の思考へ変換するための装置として設計された。
PMIの構造——三つの列の意味
PMI法の骨格は単純だ。
- P(Plus) — その選択肢の良い点、メリット、プラスに働く可能性
- M(Minus) — その選択肢の悪い点、リスク、マイナスに働く可能性
- I(Interesting) — 良くも悪くも断言できないが、注目に値する点、波紋、問い
使い方は紙を三列に分けるだけだ。問いを一つ決め、各列に3〜5分ずつ書く。Pから始めて、Mに進み、最後にIで締める。
所要時間は最短で9分。実務的には15〜20分が標準だ。
ここで重要なのは順序だ。なぜPから始めるか。人は批判から入ると心が閉じる。最初に良い点を探す姿勢を持つことで、対象に対してオープンな認知状態を作る。その後にリスクを洗い、最後にInterestingで文脈を広げる。
この順序には認知科学的な根拠がある。後述する。
「Interesting」という名の認識論
PMIの核心は第三の列「Interesting」にある。
PとMだけで考えると、思考は「賛成か反対か」の戦場になる。そこでは、どちらの側の重みが大きいかを測るだけの作業になってしまう。
しかし現実の意思決定には、どちらでもない観察が無数に存在する。
「この決定は、自分でも気づいていない前提の上に立っているのではないか」という問い。「この選択が引き起こす、3年後の副作用は何か」という問い。「なぜ今この判断を迫られているのか」という問い。
これらはPでもMでもない。しかし判断の質を根本的に変える。
Interestingとは、判断を「決める」前に判断を「広げる」ための場所だ。
哲学的に言えば、これは認識論的謙虚さの実践に近い。「私はすべての文脈を把握しているわけではない」「この問いには、まだ問われていない問いが含まれている」という態度を、構造的に保証する装置としてIが機能する。
判断を保留するためではない。判断をより深い文脈の中に置くために、Iがある。
de Bono の知的系譜——1970から1985へ
PMIを理解するには、デ・ボノの思想的な系譜を知る必要がある。
1967年の水平思考(Lateral Thinking)は、「論理の穴を深く掘るのではなく、別の場所に新しい穴を掘る」という発想だった。既存のパターンを疑い、前提を問い直し、見慣れた問題をまったく違う角度から眺め直す——その技術体系だ。
1970年の『Lateral Thinking: Creativity Step by Step』でデ・ボノは、人間の脳が「自己組織化する情報システム」であることを指摘した。脳はパターンを形成し、そのパターンに沿って新しい情報を処理する。効率的だが、創造的思考の敵だ。
「良い・悪い」の二項で判断するとき、脳はすでに形成済みのパターンを使っている。賛成か反対か、採用か却下か——その枠組み自体が思考の型になってしまっている。
PMIが「Interesting」という列を設けたのは、パターンの外に出るための隙間だ。
そして1985年の『Six Thinking Hats』へ。六色の帽子を被り替えることで思考のモードを切り替えるこのメソッドは、PMIの発展形と言える。
対応はおおよそこうなる。白い帽子(事実・情報)が「PMIの土台」となり、黒い帽子(リスク・批判)がM、黄色い帽子(価値・楽観)がP、緑の帽子(創造・可能性)がIに相当する。
PMIは個人が一人で、短時間で使える簡易版だ。Six Thinking Hatsは集団での長時間議論に向く拡張版だ。どちらも「思考のモードを分離する」という同じ哲学から生まれている。
思考の非対称性バイアスという問題
人間の判断には「損失回避の非対称性」がある。同じ大きさの利得と損失があるとき、損失から生じる痛みは利得の喜びの約2.5倍感じられる(Kahneman & Tversky, 1979)。
MinusはPlusより重く感じられる。Minusが3つ、Plusが5つでも、人はMinusに引きずられて「悪い選択肢」と結論しやすい。
PMIの順序——P→M→I——は、この非対称性を補正する設計だ。先にPlusを十分出し切ることで、その後Minusの心理的な重みを相殺する。
そしてIが最後にある。PとMで高まった感情から一段引いて、メタな視点から全体を眺める。冷却の装置だ。
実践の入口——最初の一回
PMIは難しくない。最初の一回をやってみることが全てだ。
紙一枚、ペン一本。3列を引く。P / M / I と書く。
問いを一つ決める。「この仕事を引き受けるべきか」「このプロジェクトを続けるべきか」「このサービスを始めるべきか」——Yes/Noで答えられる問いなら何でもいい。
タイマーをセットする。Pに3分。Mに3分。Iに3分。
ルールは一つ。記入中に判断しない。Iを書きながら「これは結局マイナスだ」と思っても、それを判断の欄に入れない。列を純粋に埋めることに集中する。判断は全列を書き終えた後にする。
3分でも9分でも、必ずInterestingの列に何かが書けるはずだ。そこに書かれたものが、あなたがまだ問えていなかった問いだ。
Six Thinking Hats との使い分け
PMIとSix Thinking Hatsは、同じデ・ボノの思想から生まれた異なる道具だ。
PMIを使う場面——個人が一人で、5〜15分以内に、特定の選択肢の是非を検討したいとき。会議の事前準備。メールへの返信を考えるとき。朝の意思決定に。
Six Thinking Hatsを使う場面——チームで、30〜60分以上かけて、複雑な議題を多角的に議論したいとき。新事業の検討。戦略会議。コンフリクトが生じやすいテーマの対話に。
どちらも「思考のモードを分離する」ための道具だが、粒度と文脈が異なる。PMIは「問いを立てる」ための道具に近く、Six Thinking Hatsは「問いを掘り下げる」ための道具に近い。
二つを組み合わせる使い方もある。PMIで問いの輪郭を描き、Six Thinking Hatsで各帽子を被り替えながら深掘りする。特に「I(Interesting)」の列に書いたことを、Six Thinking Hatsの緑の帽子セッションで展開する流れは相性がいい。
PMIが効かない場面——道具の限界を知る
PMIは万能ではない。道具の限界を知ることも、道具を使いこなすことの一部だ。
緊急の判断には向かない。 秒単位の決断が必要な場面で3列を埋める余裕はない。PMIが力を発揮するのは「少し立ち止まれる時間がある」ときだ。
価値観の核心に関わる判断には届かない。 「誰かを傷つけるべきか」「大切なものを捨てるべきか」——これらは善悪を整理する問題ではなく、何を大切にするかという問題だ。PMIで分解しても、価値観の核心には触れられない。
選択肢が一つしかない状況には弱い。 PMIは「この一つの選択肢を採るべきか」を吟味する道具だ。そもそもの選択肢の多様性が貧しい場合は、先に水平思考やCrazy Eightsで選択肢を増やす必要がある。
感情が強く支配している状況では歪む。 深く怒っているとき、強く恐れているとき、MがPを圧倒的に重く感じられる。PMIの前に、感情を書き出すセッションを設ける方がいい場合もある。
これらの限界は、PMI法の失敗ではない。どんな道具にも、使える文脈と使えない文脈がある。
問いを残したまま判断する
PMIを使った後、答えは出るかもしれない。
あるいは、出ないかもしれない。
デ・ボノが目指したのは「正しい答えを出す」ことではなく、「思考の質を上げる」ことだった。PMIを経た判断は、PMIを経ていない判断より、自覚的だ。自分が何を見落としているかを少し把握している。Interestingの列に書いたことの意味を、まだ理解しきれていないことを知っている。
「わからないことがある」と知りながら判断する——これは弱さではない。
むしろ、「すべてわかった」と思い込んで判断することの方が、危うい。
PMIは答えを出す道具ではなく、問いを育てる道具だ。3分間で3列を書いた後、あなたの手元には解決された問題ではなく、より鮮明になった問いが残るかもしれない。
それで十分だ。
判断は、問いの先にある。問いを深くした人間だけが、より深い判断に辿り着く。
デ・ボノが1982年に中学生の前で引いた3本の線は、そのことを静かに示していた。
問いかけ
- あなたが最近「すぐに答えを出した」判断のうち、Interestingの列が空白だったものはどれか
- 「Interesting」と書けるものを、あなたは日常の会話の中でどれだけ口にしているか
- PMIを使わない判断と使った判断の違いは、後から振り返ったときどう見えるか
参考文献
- de Bono, E. (1970). Lateral Thinking: Creativity Step by Step. Harper & Row. — 水平思考の原典。PMI誕生の思想的基盤
- de Bono, E. (1982). de Bono’s Thinking Course. BBC Books. — PMI法が初めて体系的に提示された著作
- de Bono, E. (1985). Six Thinking Hats. Little, Brown and Company. — PMIの発展形。集団的思考のためのフレーム
- Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux. — 損失回避バイアスとプロスペクト理論の解説