決断の前に、何かが閉じる
「この案はどう思う?」
その問いを投げられた瞬間、多くの人は賛成か反対かを決める。理由はあとからついてくる。
それは合理的な判断ではなく、感情的なラベル貼りだ。最初の印象が賛成なら、支持する理由を探す。反対なら、否定する根拠を集める。思考が「評決」の召使いになってしまう。
PMI法はそれを阻止するために設計されている。
PMIとは何か
PMI法は、マルタ出身の思考研究者 エドワード・デ・ボノ が1970年代に提唱した評価フレームワークだ。
3つのレンズで対象を見る。
P(Plus) — プラスの点。良いこと、利点、好ましい側面。 M(Minus) — マイナスの点。悪いこと、欠点、不安な側面。 I(Interesting) — 興味深い点。良くも悪くもないが、注目に値すること。疑問、可能性、別の見方。
3列に分けて書き出す。それだけだ。
単純に見える。しかし、この「I」の列が問いを変える。
「Interesting」の役割
賛否を問わない第三の列が、PMI法の核心だ。
「面白い」というのは価値判断を保留した状態だ。それが何を意味するかはわからないが、何かがある。すぐに結論を出さなくていい。
デ・ボノはこれを 「評価保留の空間」 と呼んだ。思考が早期閉鎖するのを防ぐバッファだ。
たとえば「全社員のリモートワーク完全移行」という案を評価するとき。
Plus: 通勤コスト削減、採用地域の拡大、個人の生産性向上の可能性 Minus: チームコミュニケーションの劣化、新入社員の育成困難、孤立リスク Interesting: 「出社しなくていい文化」が何を変えるか——オフィスとは何かという問いが生まれる。都市への一極集中は変わるか。管理職という役割の再定義が必要になるか。
Interestingを書く作業は、予測できない結果への感度を高める。良いか悪いかではなく、「この変化が何を連鎖させるか」を考え始める。
PMI法の使い方
ステップは3つ。
1. Pの列を埋める 批判せず、まず良い点だけを書き出す。最低5項目を目標にする。普段なら批判したくなっても、ここではそれを禁止する。
2. Mの列を埋める 次に悪い点だけを書き出す。どんなに魅力的な案でも、弱点は必ずある。ここで妥協しないことが後の判断精度を上げる。
3. Iの列を埋める 価値判断を保留したまま「これは注目に値する」という観察を書く。「〜かもしれない」「〜はどうなるか」という問いの形でも構わない。
3列が埋まったら、はじめて「では総合的にどうか」を問う。
バイアスを構造で防ぐ
PMI法が力を持つのは、思考の順番を強制するからだ。
人間は感情が先に動く。好き嫌いが判断を支配する。PMI法は「まずPを書け、次にMを書け」という構造的な命令で、感情が思考を乗っ取る前に、複数の視点を義務付ける。
グループ意思決定でその効果はより顕著だ。声の大きい人が「これは明らかに良い」と言い切ると、場の空気が決まる。PMI法を使えば、全員が3列をそれぞれ埋める作業をするため、沈黙している人の観察が引き出される。
「Interestingを書いてください」と言われると、人は考える。意見を求められるより、「気づき」を求められる方が、防衛的にならずに発言できる。
適用範囲
PMI法は汎用性が高い。
- 新事業のアイデア評価
- 採用候補者の比較
- 製品機能の優先順位付け
- 人生の選択(転職、移住、パートナーシップ)
「重要な決断」だけに使う必要はない。日常的な判断の習慣として使う方が効果的だ。小さな案件でPMIを繰り返すことで、大きな判断の時に自然と3つのレンズで見られるようになる。
限界と補完
PMI法には弱点がある。
列の数を均等にしようとする心理が働き、「Mが少ないと不公平に見える」という歪みが生まれることがある。3列を「量的に均等にする」必要はない。重要なのは、各列の「質」だ。
また、PMI法は評価のフレームワークであって、アイデア生成のフレームワークではない。新しい案を生み出したいなら、まずブレインストーミングやSCAMPER法で候補を作り、そのあとPMIで評価する、という順序が有効だ。
さらに、PMI法は感情的に強く引きずられるテーマ——たとえば深く価値観に関わる倫理的判断——には限界がある。Plusを書きながら「こんなこと書きたくない」という感覚が生まれるなら、その感覚自体が重要なデータだ。
問いかけ
あなたが今、判断を先延ばしにしていることは何だろうか。
それをPMIで書き出してみたとき、Interestingの列に何が現れるか。
良い悪いで測れない「ただ興味深い」という観察の中に——思考の続きが眠っているかもしれない。
参考文献
- de Bono, E. (1982). CoRT Thinking: Teacher’s Notes. Pergamon Press. — PMI法が収録されたCoRTプログラムの原典テキスト
- de Bono, E. (1970). Lateral Thinking: Creativity Step by Step. Harper & Row. — ラテラルシンキングの体系を最初に整理した基本文献
- Swartz, R. J., & Parks, S. (1994). Infusing the Teaching of Critical and Creative Thinking into Content Instruction. Critical Thinking Press. — PMI法を含む批判的思考ツールの教育現場での適用研究