実験は「失敗」だった
1933年3月27日、英国チェシャー州ノースウィッチ。
インペリアル・ケミカル・インダストリーズ(ICI) の研究所で、化学者 レジナルド・ギブソン と エリック・フォーセット は高圧化学の実験を行っていた。
ギブソンが問いにしていたのは、極端な高圧下でエチレンがどう振る舞うか——という単純な問いだった。新素材の開発ではなく、分子の限界を知りたかった。
目的は、エチレンと安息香酸アルデヒドを高温高圧下で反応させ、新しい有機化合物を合成することだった。実験条件は約170℃、1700気圧以上——当時の設備ではギリギリ達成できる極端な条件だ。
実験は失敗に終わった。
装置内の圧力が予期せず低下し、反応は止まった。容器を開けると、期待していた化合物は生成されていなかった。代わりに、内壁に白いワックス状の固体が少量こびりついていた。
フォーセットとギブソンはその固体を採取し、分析した。それは何か新しいポリマーであることはわかったが、当時の分析手段では正確な構造を特定できなかった。実験記録には「白色固体、0.8グラム。性質不明」と書かれたまま、一時的にファイルの奥に収まった。
「漏れ」が生んだ素材
最初の発見から二年後、フォーセットとギブソンは同じ実験を再現しようとした。しかし白い固体は再び現れなかった。
1935年、今度は別の研究者 マイケル・ペリン が実験を引き継いだ。ペリンは実験系を徹底的に見直し、初回の実験で「失敗」と判断した圧力低下の原因を突き止めた。
装置に微小な漏れがあり、ごく少量の 酸素 が混入していたのだ。
この酸素の混入が決定的だった。エチレンに微量の酸素が加わると、連鎖的なラジカル重合反応が起き、長い炭素鎖のポリマーが生成される。初回の実験で白い固体が生まれたのは、「失敗」ではなく偶発的な正解だったのだ。
ペリンはこの知見をもとに条件を再設定し、1935年12月に再現実験に成功した。生成量は7グラム。白いワックス状の固体は、再現性をもって生まれた。ICIはこの素材を ポリエチレン と命名し、特許を申請した。
高圧下の分子鎖
ポリエチレンの構造はシンプルだ。
エチレン(CH₂=CH₂)という小さな分子が、連鎖的に結合して長い炭素鎖を作る。この鎖の長さと枝分かれの具合によって、素材の硬さ・柔軟性・透明度が変わる。
ICI が発見した方法では、数百から数千のエチレン分子がつながった 低密度ポリエチレン(LDPE) が生成される。この素材は柔軟で、熱を加えると変形し、冷えると固まる。当時としては珍しい、加工のしやすい固体だった。
しかし1935年の段階では、ICIにとってもこの素材の用途は不明確だった。柔らかく、電気を通さず、化学的に安定している——それはわかった。だが、それが何に使えるかは。
海底ケーブルが開いた市場
転機は軍と通信技術から来た。
1938年頃、英米の通信・電気系の研究者たちがポリエチレンを電線の絶縁材料として試験し始めた。当時、高周波電気信号の絶縁には天然ゴムやグタペルカ(マレーシア原産の天然樹脂)が使われていたが、いずれも高周波になると誘電損失が大きかった。
ポリエチレンは違った。高周波でも誘電損失が極めて小さく、海水の浸透にも強い。
1939年、第二次世界大戦が始まった。英国軍はこの新素材に目をつけた。レーダー装置の同軸ケーブルにポリエチレン絶縁材を採用し、性能を大幅に向上させた。英国本土防衛における レーダー網の整備 に、ポリエチレンは密かに貢献していた。
歴史家の一部は、ポリエチレン絶縁材を使ったレーダーがバトル・オブ・ブリテンの航空戦の結果に影響を与えた可能性を指摘している。偶発的に生まれた素材が、偶発的に歴史の転換点に関わった。
1億トンの日常
戦後、ポリエチレンの用途は爆発的に広がった。
食品包装フィルム、レジ袋、容器、パイプ、断熱材、医療器具—— 現代の日常に存在するプラスチック製品の多くは、1933年の「失敗実験」に端を発している。
現在、ポリエチレンは世界で年間約1億2千万トンが生産される。すべての合成樹脂の中で最大の生産量だ。LDPEの発見後、1950年代には触媒を使う低圧法で 高密度ポリエチレン(HDPE) が開発され、素材の幅はさらに広がった。
ポリエチレンの問題は、その成功の大きさに起因している。軽くて丈夫で安価な素材は世界中に普及し、使い捨て文化と結びついた結果、海洋プラスチック汚染の主要因のひとつになった。ギブソンとフォーセットが白い固体を見つけたとき、その先に何が待つかを知る術はなかった。
発見の偶然性について
レジナルド・ギブソンは、ポリエチレンの発見について多くを語らなかった。ICIの組織的な研究開発の中で、彼の名前が単独でクローズアップされることは少なかった。
しかしこの発見が教えることは明快だ。
「失敗」と「意図しない成功」の距離は、多くの場合ひとつの変数の差しかない。1933年の実験で漏れ込んだ酸素の量は、ごくわずかだった。その微小な混入がなければ、ポリエチレンの発見は別の時代の別の研究者に帰することになっていたかもしれない。
意図しなかった結果を「失敗」として捨てず、「なぜこうなったのか」と問い続けた姿勢が、1935年の再現成功につながった。科学における偶然は、問いを持つ者にだけ、意味を持って着地する。
発見がつながる先
参考文献
- Fawcett, E.W. & Gibson, R.O. (1936). U.S. Patent 2,153,553. “Improvements in or relating to the polymerisation of ethylene.” Imperial Chemical Industries.
- Morris, P.J.T. (2005). “The Development of Acetylene Chemistry and Synthetic Rubber by I.G. Farbenindustrie AG.” In Determinants in the Evolution of the European Chemical Industry. Springer.
- Meikle, J.L. (1995). American Plastic: A Cultural History. Rutgers University Press.
- Morawetz, H. (2002). Polymers: The Origins and Growth of a Science. Dover Publications.