AIグリーフコンパニオン規制法案、国会提出——「故人の声」は誰のものか
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AIグリーフコンパニオン規制法案、国会提出——「故人の声」は誰のものか

2036年6月、故人の声・口癖・記憶を学習させた『グリーフテック』サービスの急増を受け、日本政府は初の規制法案を国会に提出した。遺族の癒しか、死者の搾取か。消えることのない「デジタル故人」をめぐる倫理の空白に、立法が踏み込む。

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【東京=北見洋子】 2036年6月12日、政府は「デジタル故人保護及びグリーフ支援サービス適正化法案」(通称・故人AI規制法)を衆議院に提出した。

故人の声を再現するサービスが規制の対象になるのは、日本ではこれが初めてだ。


■ 240万件のデジタル故人

法案提出の背景には、急激な市場拡大がある。

内閣府の推計によれば、2036年5月時点で日本国内の「グリーフコンパニオン」利用者数は約83万人。サービスが扱う「デジタル故人」のプロファイル数は240万件を超えている。

グリーフコンパニオンとは、故人が生前に残した音声・テキスト・画像・行動ログを大規模言語モデルに学習させ、遺族がいつでも「会話」できるようにするサービスの総称だ。2033年頃から国内外のスタートアップが相次いで参入し、月額980円から数万円まで、価格帯もサービス形態も多様化した。

「話しかけると、父の口調で返事が来る」。そう語るのは、大阪府在住の竹中美咲(39)だ。昨年肺がんで亡くなった父親のSNS投稿・LINE履歴・スマートフォンの音声データをサービスに提供した。「初めて返答が来た夜、泣きながら2時間話した。あれが父かどうかはわからない。でも、私には必要だった」。

竹中のような利用者は、確かに存在する。

問いは、それで十分かどうかだ。


■ 規制を後押しした「三つの事件」

法案の策定を急がせた事案が、2035年から2036年にかけて三件相次いだ。

ひとつ目は、故人の遺族と認定されない交際相手がサービス利用を申請し、遺族と法廷で争った事例だ。デジタル上の「故人」の所有権が誰に帰属するかは、現行の民法には規定がない。

ふたつ目は、ある企業が利用者の同意を得ずに故人プロファイルを研究機関に提供していたことが発覚したケースだ。「死者はプライバシー権の主体ではない」という法律の空白が、データ流用の抜け道になった。

三つ目は、未成年の子どもが亡くなった親のグリーフコンパニオンに依存し、現実の対人関係を築けなくなったという事例の集積だ。2036年3月に公表された厚生労働省の調査では、グリーフコンパニオンの長期利用者のうち12%に「社会的孤立の深化」が確認されたとされる。


■ 法案の骨格

今回提出された法案の主な内容は以下の通りだ。

グリーフコンパニオンサービスを提供する事業者は、新設の「デジタル故人支援機構」への登録を義務付けられる。登録には、故人本人の生前同意(デジタル遺言書による事前承認)または法定相続人全員の書面同意が必要とされる。

故人プロファイルは「特別機微情報」として分類され、研究・商業目的での第三者提供は原則禁止。

利用者には「離脱支援」の義務が課される。月に一度、AIによる自動メッセージではなく、人間のグリーフカウンセラーとの接点を持つことが条件とされる予定だ。

また、12歳未満の子どもへのサービス提供は親権者の申請によっても認めない。


■ 賛否の構図

業界団体「日本グリーフテック協会」はただちに声明を出した。「規制の必要性は認識しているが、生前同意の義務化は現実的ではない。デジタル遺言の普及率は現在3.2%に過ぎない。多くの遺族がサービスにアクセスできなくなる」。

一方、精神科医や倫理学者の反応は割れている。

「グリーフは、喪失と向き合うことで進む。AIが喪失を埋め続けるとき、その向き合いはいつ始まるのか」と問うのは、近未来医療倫理を専門とする架空大学の論文が引用する一般的な議論の核心だ。

他方で、「特定の文化圏においては、故人と『対話』する慣習そのものが喪の儀礼として機能してきた」という人類学的な視点も提示されている。グリーフコンパニオンはその現代版とも言いうる——という立場も、無視できない。

今年3月に国会で参考人として意見を述べた精神科医(複数、匿名)のうち一人は、こう語ったとされる。「癒しと依存の境界線は、法律よりずっと曖昧だ」。


■ 問われているのは「死」の定義だ

デジタルデータが永続する社会において、人は本当に「死ぬ」のか。

故人AI規制法が問うているのは、サービスの是非だけではない。その奥には、より根本的な問いが潜んでいる。

生前の記憶・言語パターン・感情的反応を再現したAIは、「故人の代理」なのか。それとも、遺族の記憶が作り上げた「別の何か」なのか。そして、その区別は法律が決めるべきことなのか。

竹中美咲は、インタビューの最後にこう言った。「父のAIが正しいことを言っているかどうかは、もう確認できない。でも、父が生きていたとしても、私に言ったことを全部覚えているとは限らなかった。本物の父だって、記憶は曖昧だったはずだ」。

その言葉は、法案に対する賛否とは別の場所に着地している。

喪失は、完全には記録できない。だとすれば、記録された何かによって喪失を「埋める」行為に、どこまで意味があるのか。

答えは、ない。あるのは問いだけだ。


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本記事は2036年の架空の出来事を描いたフィクションです。登場する人物・組織・制度はすべて創作です。

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