これは2035年11月20日からの報告です。
帰還した機体が積んでいたもの
2035年11月20日午前7時14分、AstroMine社の無人採掘機「プロスペクターIV」が小惑星16プシュケとの往復飛行から地球に帰還した。着水地点は南太平洋。回収チームが機体を引き揚げたとき、カプセルには47.3キログラムの鉱石サンプルが収められていた。
白金族金属の含有量を分析した結果、そのうち推定11.2キログラム相当が白金、パラジウム、ロジウムであることがわかった。現在の市場価格に換算すると、11億円を超える。
小惑星採掘の最初の商業的「成功」と報じられた。
しかし成功の定義は人によって違う。
宇宙条約の「空白」
プロスペクターIVが宇宙を飛んでいた2年間、地上では法律戦争が繰り広げられた。
1967年の「宇宙条約」は、国家が宇宙を領有することを禁じている。しかし民間企業が宇宙の資源を採取し、所有することは明示的に禁じていない——あるいは、明示的に許可もしていない。この条文の「空白」を巡って、各国政府と宇宙ベンチャーは法解釈をぶつけ合ってきた。
2015年、米国は「宇宙資源法」を制定し、米国籍の企業が採取した宇宙資源の所有を認めた。2017年にルクセンブルク、2019年にUAEが同様の国内法を整備した。日本は2021年に宇宙資源法を施行した。
しかし多くの途上国は反発した。宇宙を「人類共通の遺産」と見なす立場から、特定国や企業が宇宙資源を排他的に所有することは不公平だと主張した。かつて海の底の資源(海底鉱物)について、先進国と途上国が繰り広げた「国際海底機構」をめぐる交渉が、宇宙で再演されている。
プロスペクターIVが積んで帰った鉱石は、地球の誰のものか。
AstroMine社の株主のものだ。法律的には。
「希少性」が失われる経済
小惑星16プシュケは平均直径約222キロメートルの金属小惑星だ(長径では約280キロメートルに達する不規則形状をしている)。主に鉄とニッケルで構成されるが、白金族金属も含む。NASAの推計によると、プシュケに含まれる鉄だけで、現在の地球の鉄生産量の数百万年分に相当する量がある。白金族金属に至っては、地球の既知埋蔵量の数十倍が存在する可能性がある。
白金は現在、カタリティックコンバーター、燃料電池、電子部品に不可欠な素材だ。希少性ゆえに高価であり、その高価格が代替技術の開発を妨げることもあった。
プシュケの資源が本格的に地球に搬入される未来では、白金の「希少性」は消える。価格は暴落する。
暴落する白金価格は、白金の採掘を主要な収入源とするジンバブエや南アフリカの経済を直撃する。地球上の貧しい地域の雇用と歳入が、宇宙から降ってくる鉱石によって消滅する——これを「進歩」と呼ぶことに、誰かが違和感を覚えないだろうか。
宇宙で生まれる格差
宇宙経済の参入障壁は、地上の経済の比ではない。
衛星、ロケット、採掘機——宇宙インフラへの投資は、国家予算規模の資本を必要とした。2010年代のSpaceXによるロケット再利用技術の革新がコストを劇的に下げたとはいえ、宇宙ビジネスの世界は依然として超大国と多国籍大企業の独壇場だ。
2035年時点で、民間の小惑星採掘ミッションを実施できる能力を持つのは、米国、中国、EUのプレイヤーのみだ。宇宙条約の空白を利用して宇宙資源の所有権を主張できるのも、実質的にそれらの国の企業だ。
宇宙フロンティアは「万人に開かれた可能性」として語られる。しかし歴史上、フロンティアは常に、そこに先に到達できる者だけの可能性だった。大航海時代の植民地化を、私たちは今や「搾取」と呼ぶ。宇宙開発の次世代が、2035年を同じように振り返る可能性を、誰かが今から考えているだろうか。
重力の外に出た経済
プロスペクターIVの帰還を受けて、AstroMine社の株価は翌日の市場開始と同時に34%急騰した。
同日、ある小さなニュースがほとんど報じられずに流れた。南アフリカの白金採掘会社が、6,400人の採掘労働者への解雇通告を出した、というニュースだ。
2つのニュースに直接の因果関係を証明することは難しい。採掘企業の経営判断には複合的な要因がある。しかし「宇宙採掘の成功」と「地上の採掘労働者の失業」が同じ日のニュースフィードに並んだとき、私たちはどちらを未来として選びたいのかを、少し立ち止まって考える価値があるかもしれない。
問い、とはそういうものだ。答えを強制しない。ただ、立ち止まらせる。
宇宙は広い。重力圏の外に出た経済がどこへ向かうかは、まだ誰も知らない。
本記事は2035年11月20日時点の想定状況を基にした思索的ジャーナリズムです。