【東京=岩下哲郎】 東京地方裁判所第14法廷で、2038年9月12日午前10時37分、世界で初めて「AI判事」による刑事判決が下された。
法廷は静かだった。
被告は青山誠一(34)。詐欺罪で起訴されていた。弁護人の黒沼芙美子弁護士は最終弁論で約40分間を費やし、故意の不存在を主張した。検察側は証拠の積み上げを淡々と行い、情状も請求した。
いずれの主張も、法廷の正面に据えられた司法AI端末「THEMIS-4」が聴取した。
高さ180センチ、幅50センチのマット黒のパネル。埋め込まれたカメラが、発言者に緩やかに向く。音声が途切れると、細長い緑色のインジケーターが一瞬点滅して消えた。
判決まで、1分42秒。
「主文。被告人を懲役2年、執行猶予3年に処する」
音声合成された声は、低く、落ち着いていた。感情の起伏も、呼吸も、沈黙の重みも、なかった。
THEMIS-4は司法省の「AI司法支援プロジェクト」第4世代システムだ。過去の判例データベース4800万件を学習し、証拠評価と量刑算定に特化している。2036年から民事訴訟の補助判定に使われてきたが、刑事事件への完全移行は今回が初めてとなった。
司法省の寺脇俊輔次官は会見で述べた。
「THEMIS-4の判断は、先入観を持たない。感情に動かされない。これは公正の実現に向けた、歴史的な一歩です」
記者団からの質問に、彼は三度、同じ言葉を繰り返した。
傍聴席には、法哲学者の奥山恵里子・早稲田大学教授がいた。
判決直後、彼女に声をかけた。
「どう思いましたか」
しばらく沈黙してから、彼女は答えた。
「怖かった、というより——寂しかった」
怖い、と感じた人は多かっただろう。しかし寂しい、という言葉は鋭い。
人が人を裁く行為には、何かが宿っていた。裁判官が被告の目を見て、言葉を聞き、証拠を読み、そして量刑を決める。そのプロセスに「責任を負う人間の存在」があった。誰かが、苦しみながら判断を下した。
THEMIS-4には、苦しみがない。
苦しまずに出した判決は、公正なのか。あるいは、苦しまないからこそ、公正なのか。
弁護士会は即日、声明を出した。
「アルゴリズムによる判断は、法の支配の根幹にある『理由の提示』を満たすのか。THEMIS-4の判断プロセスは非公開とされており、被告の防御権が著しく制限されている」
一方、犯罪被害者支援団体の連絡会は別の声明を発表した。
「人間の判事が感情に左右され、被疑者への同情から軽い判決を出す事例は、長く問題視されてきた。アルゴリズム判定は、被害者にとってより平等な正義をもたらす可能性がある」
どちらも、正しいことを言っている。
被告の青山誠一は、控訴しなかった。
弁護人の黒沼弁護士は後日、筆者に語った。
「彼は判決を聞いたあと、こう言いました。『誰かに納得してもらえた気がしない』と」
2年執行猶予3年。客観的には重くない量刑だ。しかし青山は、誰かに「あなたの話を聞いた」と感じてもらえなかったと言った。
判決の内容ではない。プロセスのことだ。
法学者たちの間では「手続き的正義」と呼ばれる概念がある。結果の公正さと、プロセスの公正さは別物だ、という考えだ。同じ判決であっても、どのように決まったかによって、当事者の受け入れ方は変わる。
THEMIS-4の1分42秒は、結果として正確かもしれない。
しかし、青山が言った「誰かに聞いてもらえた気がしない」という感覚は、手続き的正義の観点から言えば、まったく別の問題を指している。
法廷を出ると、秋の光が差し込んでいた。
判決は下った。しかし問いは、まだ宙に浮いている。
人が人を裁く必要があるとすれば、それはなぜか。アルゴリズムに裁かれることを、私たちは受け入れられるのか。あるいは、私たちはすでに、無数のアルゴリズムに採点され、評価され、弾かれ続けている日常を生きているのではないか。
THEMIS-4が「判事」と呼ばれたとき、何かが変わったのか。
それとも、変わったのは名前だけで、実態はずっと前から変わっていたのか。
参考文献
- 笠原毅彦「AI司法と手続き的正義——アルゴリズム判断の正統性をめぐる法哲学的検討」『法哲学年報』2037年度
- Richard Susskind, Online Courts and the Future of Justice (Oxford University Press, 2019) — 司法のデジタル化と「アクセス・トゥ・ジャスティス」
- Cass R. Sunstein & Adrian Vermeule, “Law and Leviathan” (Harvard University Press, 2020) — 行政・司法における機械的判断の正当性
- 法務省「AI裁判支援システム実証事業報告書(第4期)」2037年 — THEMIS-4の技術仕様と試験運用データ
- Tom Tyler, Why People Obey the Law (Princeton University Press, 2006) — 手続き的正義と法への服従の社会心理学