一粒の石が水面に触れる。
波紋は広がる。最初の波は小さく、次の波は大きく、その先の波は予想もしない場所に届く。フューチャーズ・ホイールは、その波紋を「描き出す」ための道具だ。
起源——1971年の発想
ジェローム・グレン(Jerome C. Glenn)が1971年に考案したこの手法は、単純な問いから始まる。「この変化が起きたら、何が変わるか」。
中心の円に「変化」を書く。その変化から直接生まれる影響を、周囲に並べる(一次影響)。次に、各一次影響からさらに生まれる影響を描く(二次影響)。そしてさらに(三次影響)——まるで車輪のように広がっていく。
単純な構造だが、少し描き進めると、世界の複雑さが紙の上に現れ始める。
実際に描いてみる
例として「リモートワークの定着」を中心に置いてみよう。
一次影響:通勤時間の消滅、都市集中の緩和、オフィス需要の低下、カフェ・コワーキングスペースの繁栄。
ここまでは想像しやすい。しかし二次影響を追うと、思わぬ接続が見えてくる。「都市集中の緩和」から——地方の人口増加、地方の医療・教育インフラ需要の変化、地方の地価上昇、東京の地価下落。
「通勤時間の消滅」から——自動車需要の変化(既に起きた)、公共交通の利用率低下、早朝・深夜のコンビニ需要の変化、近所付き合いの復活。
三次影響になると、予測が難しくなる。「地方の人口増加」が起きると、地方政治の活性化、地方固有の文化の再評価、移住を前提にした教育設計の変化——これらが連鎖していく。
「見えていなかったもの」が現れる
フューチャーズ・ホイールの最大の価値は、「見えていなかった接続」の発見にある。
単線的に考えると、「リモートワーク→都市分散」という一本道になる。しかしホイールを描くと、その先に「地方の教育格差の再配置」や「高齢化農村への若者流入」という予想外のパスが出現する。
これは「あたる予測」をするためではない。予測の精度より、「見落とし」を減らすことが目的だ。
戦略を立てるとき、人は一次影響までは考える。二次影響を意識する人は少ない。三次影響を考慮する人は、ほとんどいない。フューチャーズ・ホイールは、その二段先、三段先への視野を強制的に開く。
ポジティブとネガティブ、両面を描く
重要な運用上の注意がある——一つの変化には必ずポジティブとネガティブの両面がある。
ホイールを描くとき、意図的に「良い影響」と「悪い影響」の両方を並べる。楽観バイアスに引っ張られると、ホイールは「希望的観測の地図」になってしまう。
「テクノロジーの普及」というテーマで描くなら、利便性の向上と同時に、職の消滅、格差の拡大、プライバシーの侵食も描かなければならない。
そうして初めて、ホイールは「現実の複雑さ」に近づく。
一人でも、チームでも
この手法は、個人の思考整理にも、チームのシナリオ計画にも使う。
個人でキャリアの転換点を考えるとき——「転職したら」を中心に置き、波紋を描く。ホワイトボードにチームで描くなら、付箋を使うと追加・修正が容易だ。
最初は1時間で終わらないかもしれない。それでいい。描きながら「そういえば、この影響も考えてなかった」という発見が、思考を深める。
ホイールの外側
フューチャーズ・ホイールには、根本的な限界もある。「私たちが想像できる変化」しか描けない。
未来の本当の驚異は、ホイールに登場しない。想定外の変数が、予測の網を潜り抜ける。それでも、想定できる範囲を丁寧に広げることは意味を持つ。
見えていた危機を、見えていなかった者のふりをして進んではならない。
考えるための問い
- あなたの業界で、今最も大きな「変化」は何か——その先を三段追えるか
- 二次影響を意識的に考えたとき、戦略は変わるか
- ポジティブとネガティブ両面を描くことへの抵抗感は、どこから来るか
- 「予測が外れること」と「考えること」は、なぜ別の問題なのか
- あなたが最も見落としてきた「三次影響」はどんなものだったか
参考文献
- Glenn, J.C. (1972). “Futurizing Teaching vs. Futures Course.” Social Science Record, Vol.9, No.3 — フューチャーズ・ホイールを最初に発表した原著論文
- Glenn, J.C., & Gordon, T.J. (Eds.) (2009). Futures Research Methodology Version 3.0. The Millennium Project. — フューチャーズ・ホイールを含む未来研究手法の包括的定義
- Schwartz, P. (1991). The Art of the Long View: Planning for the Future in an Uncertain World. Doubleday. — シナリオ・プランニングとの統合的活用を論じた基本文献(邦訳: 『シナリオ・プランニング』)
- Meadows, D.H. (2008). Thinking in Systems: A Primer. Chelsea Green Publishing. — ホイールの背景にあるシステム思考の基礎(邦訳: 『複雑な世界を理解する——システム思考のための地図』)
- Hines, A., & Bishop, P. (Eds.) (2006). Thinking About the Future: Guidelines for Strategic Foresight. Social Technologies. — フューチャーズ・ホイールの実践的活用と評価を収録した戦略フォーサイト教科書