手法を知っていることと、使えることのあいだ
PMI 法を「知っている」人は多い。
Plus、Minus、Interesting。三つの列を作って、判断する。説明は数行で済む。エドワード・デ・ボノが 1982 年の『de Bono’s Thinking Course』で提唱した、シンプルで強力な思考整理法。
しかし——会議室で実際にこれを運用したことがある人は、案外少ない。
知識として PMI を知っていることと、20 人の会議で 45 分で機能させることのあいだには、決定的な技術差がある。本稿は、その実装の技術について書く。手法の歴史や概念解説は別の記事に譲り(PMI 法の意義)、ここではファシリテーションの現場で何が起きるか、どこで失敗するか、どう設計すれば動くかを、5つのステップとして整理する。
なぜ PMI は「実装」が難しいか
理屈は単純だ。それなのに、なぜ多くの会議で PMI は機能しないか。
理由は三つある。
第一に、人は P と M を同時に考えてしまう。Plus を語っているうちに「でも、これって Minus じゃない?」と頭が割れる。三つの軸を分けて使う訓練がなければ、PMI は単なる「Pros & Cons」に退化する。
第二に、Interesting の使い方が分からない。「興味深い点」と言われても、Plus でも Minus でもないものとは何か。多くの参加者は、Interesting の列に書くべきものが見当たらず、最終的に「面白そう」程度の感想を書いて終わる。
第三に、時間配分が暴走する。Plus と Minus は誰もが言いたいことを持っているので、議論が長引く。気づけば 45 分の会議のうち 40 分が Plus と Minus の議論で、Interesting に入る前に時間切れになる。
この三つを設計で潰すのが、ファシリテーターの仕事だ。
Step 1: 「議題」ではなく「判断対象」を一文で書く
PMI を実装する最初の作業は、議題の整形である。
多くの会議で配られる議題は、こう書かれている。
「新規プロダクト X の方針について」
これでは PMI は機能しない。何について Plus・Minus・Interesting を出すのかが定まっていないからだ。判断対象は、一文の意思決定命題として書き直す必要がある。
「新規プロダクト X を、12月に β版でローンチする」
「中国市場への参入を、向こう 3年間は見送る」
「営業組織を、業界別の縦割りから機能別に再編する」
いずれも、Yes/No で答えられる命題になっている。これが PMI の前提条件だ。曖昧な議題は、曖昧な PMI を生む。
ファシリテーターはここで踏ん張る。「今日の判断対象を、一文で書きましょう」。10 分使ってでも、ここを整える。整形されない判断対象に PMI をかけても、会議室の混乱は深まるだけだ。
Step 2: 「個別 → 全体」の順序を死守する
PMI を集団で実施するとき、もっとも頻発する失敗は、いきなり全員で議論を始めてしまうことだ。
これは決定的に間違っている。
集団議論は、声の大きい人・地位の高い人・話の上手い人に引っ張られる。最初に発言された意見がフレームとなり、後続の意見はそのフレームの中でしか出てこない。これは認知バイアス研究では「アンカリング」と呼ばれる現象だ。
PMI の本来の力は、多様な視点が並列に出てくることにある。アンカリングが起きた瞬間、その力は半減する。
だから順序は固定する。
- まず個別に書く(5分)
- 次にペアで共有する(5分)
- 最後に全体で統合する(10-15分)
これは「Think-Pair-Share」という古典的なワークショップ技法だ。デ・ボノ自身も集団での PMI 運用について、個別思考の時間を必ず確保するよう繰り返し指摘していた。
ファシリテーターは、参加者が「いきなり話そう」とする磁力に抵抗する。「まず、自分一人で書いてみてください。話し合うのは、その後です」。
Step 3: P → M → I の順序で、軸ごとに時間を区切る
3つの軸を同時並行で書かせるのか、順番に書かせるのか。
ここで分岐する。デ・ボノは原典では、P → M → I の順で全員が同じ軸を一斉に書くことを推奨している。理由は、思考の混在を防ぐためだ。
実務的にも、この順序設計は有効に機能する。
時間配分(45分の会議の場合)
00:00-00:10 判断対象の整形
00:10-00:15 Plus を書く(個別)
00:15-00:18 Plus を共有(ペア)
00:18-00:23 Minus を書く(個別)
00:23-00:26 Minus を共有(ペア)
00:26-00:31 Interesting を書く(個別)
00:31-00:34 Interesting を共有(ペア)
00:34-00:42 全体統合・議論
00:42-00:45 ネクストアクション
軸ごとに時間を区切ることで、思考が分離される。Plus を書いている時間に Minus を書く人がいるが、これは構わない——ただし他人と共有するのは、その軸の時間に限定する。
時間配分の鍵は、Interesting に十分な時間を残すことだ。多くの会議は Plus と Minus で時間を使い切ってしまう。それは PMI ではない、ただの Pros & Cons だ。
Step 4: Interesting の質を引き上げる「型」を提示する
PMI の第三軸である Interesting は、ほとんどの参加者にとって何を書けばよいか分からない領域だ。
ここでファシリテーターは、Interesting の型を事前に共有する必要がある。型を持たない参加者に「興味深い点を書いてください」と言っても、機能しない。
Interesting の代表的な型は、以下の四つに整理できる。
型1: 副次的影響(second-order effect)
「この判断は、Plus でも Minus でもないが——人事評価制度に影響する可能性がある」
型2: 隣接領域への波及
「直接の効果ではないが、これをきっかけに広報部門の動きが変わるかもしれない」
型3: 仮定が崩れたときの帰結
「もし市場成長率の前提が逆になったら、この判断の意味は全く違ったものになる」
型4: 学習機会としての価値
「成否はともかく、この挑戦から組織は何を学べるか」
この四つを示してから書かせると、Interesting の列に機能する記述が並ぶようになる。型を持たないままでは、「面白そう」「楽しみ」といった感想が並んで終わる。
Step 5: 「重み付け」と「判断」を分離する
PMI を実施した後、最後の罠が待っている。それは——列の長さで判断してしまうことだ。
Plus が 12 個、Minus が 5 個。「だから Yes」。これは PMI の誤用だ。
PMI は思考の整理であって、判断のアルゴリズムではない。Plus が 12 個あっても、その中に「会社が傾く」級の Plus が一つも入っていなければ、勝負にならない。Minus が 5 個でも、その中に「やらないと数年で死ぬ」級の Minus が一つあれば、結論は反転する。
だからファシリテーターは、列を整理した後に重み付けの作業を別途設ける。
列を作る作業(PMI) ← Step 4 までで完了
↓
重み付けの作業(評点) ← Step 5 で実施
↓
判断(Go/No-Go) ← 経営判断
重み付けは、たとえば各項目に「3点・2点・1点」を付ける単純な手法でよい。ただし、重み付けの基準は事前に合意しておく必要がある——たとえば「事業継続への影響」を軸にするのか、「組織能力の獲得」を軸にするのか。
このプロセスを踏むことで、PMI は感覚的な賛否投票から、構造を持った意思決定支援に化ける。
SWOT・Six Thinking Hats との位置関係
PMI は単独で使うこともあるが、他の意思決定フレームと組み合わせることで威力を増す。
| 手法 | 対象 | 軸数 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|---|
| Pros & Cons | 個別判断 | 2 | 単純 | 二項対立で思考が貧しくなる |
| PMI | 個別判断 | 3 | 第三軸が思考を広げる | 重み付けが必要 |
| SWOT | 戦略全体 | 4(内×外) | 外部環境を含む | 個別判断には粒度が粗い |
| Six Thinking Hats | 思考の役割 | 6 | 集団思考の役割分担 | 運用コストが高い |
実践的には、こう使い分ける。
- 個別の判断(GO/NO-GO)→ PMI
- 戦略の全体像を整理 → SWOT
- 大規模な集団議論を構造化 → Six Thinking Hats
- 時間がない・小さな判断 → Pros & Cons
特に Six Thinking Hats(六色帽子思考法)は、PMI を発展させた手法であり、両者は同じ思想系に属する。集団の規模や議題の重さに応じて選び分けるのが良い。
失敗パターンと対処
PMI を実装する現場で、繰り返し観察される失敗を整理する。
失敗1: Plus と Minus が同じ項目の裏返しになる
Plus: 「市場が大きい」 / Minus: 「市場が大きく競争が激しい」
これは思考停止だ。Plus を書いた人と Minus を書いた人を分けて、異なる情報源から書かせる工夫が要る。
失敗2: Interesting に「やってみたい」が並ぶ
これは型が伝わっていない兆候。Step 4 の型をもう一度提示する。
失敗3: ファシリテーターの意見で誘導される
ファシリテーター自身が判断対象に対する見解を持っている場合、PMI は中立的に運営できない。可能なら、判断当事者ではない人がファシリテーターを務める。
失敗4: PMI の結果が「合議制」に化ける
PMI は判断材料を整理する道具であり、民主的投票ではない。最後の意思決定は、責任を負う人物が単独で行う。これを最初に明示しないと、参加者は「自分も決定者」と誤解する。
デ・ボノの遺したもの
エドワード・デ・ボノは 2021 年に没した。彼が生涯主張し続けたのは、「思考は教育可能なスキルである」という命題だ。
論理的思考。批判的思考。創造的思考。これらは才能ではなく、訓練によって身につける技能である——という確信。
PMI は、彼の思想の中では最もシンプルな道具だ。子どもにも教えられる。10 分で説明できる。しかし——シンプルだからこそ、その運用の質は使い手次第で大きく変わる。
凡庸な使い手の手にかかれば、PMI は単なる Pros & Cons に劣化する。
しかし、設計された使い手の手の中では、PMI は集団の思考を一段引き上げる装置になる。
そして、その差を生むのは、本稿で書いた5つのステップのような、地味な実装の技術だ。
問いはこうなる——あなたの組織の会議は、PMI を知識として持っているか、それとも運用技術として持っているか。
関連する創造の技法
- PMI 法とは何か — 手法の歴史と概念
- Six Thinking Hats — PMI を発展させた六色帽子思考
- World Café — 集団対話の設計法
- プレモータム法 — 失敗を事前にシミュレートする
参考文献
- de Bono, E. (1982). de Bono’s Thinking Course. BBC Books.
- de Bono, E. (1985). Six Thinking Hats. Little, Brown and Company.
- de Bono, E. (1992). Serious Creativity: Using the Power of Lateral Thinking to Create New Ideas. HarperBusiness.
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157).
- 川喜田二郎 (1967). 『発想法——創造性開発のために』中央公論社.