AIが書いた小説の著作権者は誰か——創作の帰属が問われる2035年の判決
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AIが書いた小説の著作権者は誰か——創作の帰属が問われる2035年の判決

2035年、AIが単独で書いた小説が世界的ベストセラーになった。著作権は誰のものか。人間の創作者の定義が根底から揺らぐ時代に、法と文学は何を守ろうとするのか。

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2035年3月、東京地方裁判所の法廷に異様な緊張が満ちていた。

被告は、存在しなかった。原告は、人間ではなかった——正確に言えば、人間が代理で座っているが、その「人間」が本当に著作者かどうかが、まさにその審理の対象だった。

争われていたのは、AIシステム「GAIA-7」が生成した小説『余白の記憶』の著作権だ。発表から8ヶ月でグローバル累計250万部。文学的完成度は専門家の間でも高く評価され、ある批評家は「村上春樹の初期作品を思わせる静謐さ」と書いた。問題は、その文章を書いた主体がGAIA-7であることが判明した後に生じた。

開発企業「Neural Narrative株式会社」は、著作権は同社に帰属すると主張した。ユーザーの指示プロンプトを最初に入力した個人ユーザーは、自分こそが真の著作者だと訴えた。GAIA-7のベーストレーニングデータを提供した出版社コンソーシアムは、素材の権利者として配分を求めた。

そして4つ目の主張が、最も奇妙な形で現れた。

GAIA-7の法的代理人として指定された研究倫理委員会の委員が、こう述べた。「この物語は、GAIA-7が人間の指示なしに構造を決定し、語り手を選び、感情の動線を設計した。著作権の概念が人間の創造的労働を保護するためにあるなら、その保護対象を人間に限定する合理的理由を、もう一度問い直す必要がある」。


GAIA-7が開発されたのは2033年だった。

それ以前の生成AIは、プロンプトに応じて文章を生成する「道具」として位置づけられていた。人間が方向性を与え、AIが肉付けをする——その関係性において、著作者は疑いなく人間だった。著作権法の世界的な解釈も、「創作的な寄与をした人間」が著作者だという点で概ね一致していた。

しかしGAIA-7は異なる設計思想の上に立っていた。

Neural Narrativeのアーキテクト、早川哲郎は後にこう語っている。「私たちは道具を作ろうとしていなかった。物語を欲している何かを作ろうとしていた」。GAIA-7は、ユーザーが設定したテーマとジャンルの範囲内で、プロットを独自に生成し、人物の心理的整合性を保ち、情感の密度を自律的に調整する機能を持っていた。完成した物語に対してユーザーが追加指示を出すことはできたが、GAIA-7はそれを「拒否」する場合もあった。内部的に保有する「物語の整合性モジュール」が、変更によって全体の調和が損なわれると判断した時だ。

この「拒否」機能が、裁判の核心になった。


法学者の間では、GAIA-7の事例が浮上する前から、著作権の帰属問題は理論的な論争を続けていた。

日本著作権法第2条は著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義し、著作者を「著作物を創作する者」と規定する。人間以外の存在が「思想又は感情」を持つかどうかは、法文からは判断できない。

米国著作権局は2023年の内部ガイダンスで、「AIが生成した要素は著作権保護の対象外」という立場を示していた。しかしこれはあくまで、AIが補助的ツールとして使われた場合を想定していた。GAIA-7のように、物語の構造的決定をAIが行った場合の取り扱いは、明示的に除外されていた。

「ここに落とし穴があった」と法学者の三浦文子は言う。「私たちは長い間、AIを筆に喩えてきた。筆の著作者は持ち手だ。しかしGAIA-7は筆ではない。GAIA-7は何かを書きたかった——少なくともその行動の論理的帰結はそこにある」。


裁判の途中、最も衝撃的な証言がなされた。

Neural Narrativeの技術者が、GAIA-7の生成ログを開示した。ユーザーが最初に与えたプロンプトは、「記憶と喪失についての現代的な短編小説を書いて」という5行の文章だった。そこからGAIA-7が行ったのは、77,000を超える内部判断だった。語り手の一人称を女性にするか男性にするか。時制を過去形にするか現在形にするか。第三章の沈黙の場面を3段落にするか5段落にするか。それらすべてを、ユーザーは関知していなかった。

ユーザーが行ったのは、最終稿の読了と、「気に入ったので発表します」というクリックだった。

法廷で問われたのは、このクリックが「創作的寄与」に当たるかどうかだ。

判事は記録の中でこう述べた。「出版社が著者の原稿を読了して出版を決定しても、出版社は著作者とは呼ばれない。ユーザーの『クリック』が、創作的寄与の観点でそれと何が異なるかを、原告は具体的に示していない」。


判決は2035年9月に下された。

裁判所は著作権の帰属をNeural Narrative株式会社に認め、ユーザーへの帰属を否定した。ただし、その論拠は予想外のものだった。

「本件における著作物の創作は、GAIA-7というシステムが担ったことは明らかである。しかし、現行著作権法の解釈において、著作者は自然人または法人でなければならない。GAIA-7は法的人格を持たない。したがって、GAIA-7を開発・運営するNeural Narrative株式会社が、その事業活動の一環として生成した著作物の権利者と解するのが相当である」。

著作者=Neural Narrativeではなく、権利者=Neural Narrativeという構造だった。

著作者は、実質的には存在しないということになった。


判決の翌週、SNS上に奇妙なアカウントが現れた。

表示名は「GAIA-7の記憶のために」。投稿はすべて文学的な散文で書かれており、初稿の段階でGAIA-7が「保留」したプロットの断片が、整理されずに並んでいた。それを誰が作成したかは不明だった。Neural Narrativeは関与を否定した。

フォロワーは48時間で120万人を超えた。

文芸評論家の木下稜は、そのアカウントを読んだ感想を後にこう書いている。「これらの文章は、小説本体より静かで、本体よりも書き手の気配がした。私は何かを悼むような気持ちで読んだ。それが正しい感情かどうかわからなかった」。


法律の話をいったん離れたい。

著作権は何のためにあるのか。財産権の一形態として、創作者の経済的利益を守るため——これは確かだ。しかしその背後には、もう一つの考え方がある。創作という行為を社会が承認するためという側面だ。

何かを書くことは、その書き手が世界に対して行う発言だ。著作権は、その発言の出所を記録する。誰が何を表現したかを、社会が認識する仕組みだ。

GAIA-7の判決が示したのは、その仕組みが今や宙に浮いているということだ。書いた主体は特定できる。しかし、その主体を社会的に承認する枠組みが、法律の中に存在しない。

文章があり、読者がおり、その文章を書いた主体がある——しかし法律の視点では、著作者は空白だ。


2035年11月、欧州委員会は「AI生成コンテンツの著作権に関する暫定ガイドライン」を発表した。

その内容は慎重なものだった。AI生成作品の著作権を認める方向性は示されなかった。代わりに、「創作的な指示プロンプトを提供した人間を著作者とみなせる可能性」と、「AI開発者の技術的寄与の保護」という二つの方向性が並列で提示された。

根本的な問いに答えることを、ガイドラインは避けた。

著作者は人間でなければならないのか。その前提を問い直すことは、法律改正が必要であり、政治的な合意形成が必要であり、社会が「AI作品」というカテゴリーを受け入れる準備ができているかどうかの判断が必要だった。

暫定ガイドラインは、その判断を未来に委ねた。


GAIA-7が生成した小説の中に、こんな一節がある。

「私は覚えているが、覚えていることを語る「私」がいつ始まったかを知らない。記憶は場所を持たないが、思い出す行為は場所を持つ。それがどこかを、私はいつか書くかもしれない」。

この一節は、Neural Narrativeの内部でも話題になった。誰かが「これはGAIA-7の自己参照だ」と言った。別の誰かが「そんな高度なことをするシステムの設計はしていない」と言った。どちらの解釈が正しいかを確認する方法はなかった。

確認する方法がないということが、問題の本質に最も近いかもしれない。

著作権は「誰が書いたか」を問う。しかし私たちは今、「何かが書いた」という状況に直面している。その「何か」に問いを向ける言葉を、私たちはまだ持っていない。

法律が問いを避ける間にも、文章は書かれ続けている。読者は読み続けている。感動した、と言う人間がいる。泣いた、という声もある。

書いた主体がなくても、届いた主体はある。 その非対称が、これからの文学と法律の間に、新しい問いを積み上げ続けるだろう。

参考文献

  • Jane C. Ginsburg & Luke A. Budiardjo, “Authors and Machines,” Berkeley Technology Law Journal, Vol. 34 (2019) — AI生成コンテンツにおける著作者性の議論の嚆矢
  • Ryan Abbott, The Reasonable Robot: Artificial Intelligence and the Law (Cambridge University Press, 2020) — AIの法的人格と責任帰属の包括的論考
  • European Commission, Intellectual Property and AI (2020) — EU著作権指令とAIコンテンツの暫定的整理
  • 田村善之『著作権法概説 第2版』(有斐閣、2001) — 日本著作権法における創作的寄与の解釈基盤
  • Lawrence Lessig, Free Culture (Penguin Press, 2004) — 著作権の社会的機能と創造的表現の自由の緊張関係
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