国際サッカー連盟(FIFA)は五日、主審の判定業務を人工知能に全面移管する「 AI主審完全義務化 」を評議会で可決したと発表した。対象は欧州・南米・アジアの主要七リーグで、 二〇三三年六月開幕のシーズン から人間主審の起用を全面禁止する。判定業務がフィールド上から完全に消える競技は、プロスポーツとして世界初となる。
義務化の直接の引き金となったのは、昨年十一月の南米選手権決勝で起きた誤審騒動だった。決勝点となったゴールがオフサイド判定を誤って認められ、敗れたチームの本拠地では暴動に発展、負傷者は 八十七名 に達した。FIFA技術委員会が導入を進めるAI主審システム「REF-9」は、ピッチ全体に設置された 三十二台の高速度カメラと選手装着型センサー から得られるデータを毎秒二千回処理し、オフサイドやハンドリングの判定を 〇・〇二秒 で下す。過去三年間の試験運用データでは誤審率が 〇・〇二パーセント まで低下し、人間主審の平均誤審率二・五パーセントと比較して精度は 百二十七倍 に達したという。数字だけを見れば、議論の余地はないように思える。
賛成派の急先鋒は選手会だ。欧州プロサッカー選手会のマルコ・ヴィエイラ会長は「これまで何度、誤審一つでキャリアを狂わされた選手を見てきたか。ようやく 勝敗が実力だけで決まる 時代が来る」と歓迎した。FIFA技術委員会のインゴ・シュミット委員長も「サッカーの物語は誤審の言い訳から解放される」と述べ、観客調査でも回答者の 五十八パーセント が導入に賛成したと明かした。
だが、評議会場を出た記者たちを待っていたのは拍手だけではなかった。国際サッカー審判連盟は即日、抗議声明を発表した。連盟のカルロス・メンドーサ代表は「審判は規則を機械的に当てはめる仕事ではない。 選手の表情から悪意の有無を読み 、試合の流れに応じて笛を吹き分ける——それは経験でしか培えない判断だ」と主張し、機械には裁けない「間合い」の存在を訴えた。同連盟の緊急調査では、現役審判の 九十一パーセント が義務化に反対を表明しており、失職する審判は世界で推計 一万二千人 に上るとみられる。
FIFAは来年度中にバスケットボール、テニスなど五競技への横展開を検討しているとしており、「判定のないスポーツ」は今後さらに広がる見通しだ。 誤りのない判定 と、 人間が下した判定への納得 ——観客がスタジアムに足を運ぶ理由は、そのどちらにあったのだろうか。
参考文献
- Harry Collins, Robert Evans & Christopher Higgins『Bad Call: Technology’s Attack on Referees and Umpires in All Sports』(MIT Press, 2016) — 判定支援技術がスポーツの審判職能に与える影響を論じた代表的研究
- Daniel Susskind『A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond』(Metropolitan Books, 2020) — 自動化が専門職の雇用を代替していく構造の分析
- Cathy O’Neil『Weapons of Math Destruction』(Crown, 2016) — アルゴリズム的意思決定の公正性と説明責任をめぐる批判的検討
- Frank Pasquale『The Black Box Society: The Secret Algorithms That Control Money and Information』(Harvard University Press, 2015) — 不透明なアルゴリズム的判断が社会制度に組み込まれる構造への批判的分析