診断結果が画面に表示されるまで、45秒だった。
2035年6月1日、大手電機メーカー・テラフェイズ電機が発表した人員整理計画で、対象となった1200人全員が、この45秒の診断結果に従って会社を去った。診断の名は「再配置適性診断」。2033年の改正雇用継続法で義務化された制度で、企業が人員整理に着手する前に、AIが社内外の求人・本人のスキル・過去の異動履歴を横断して「配置転換できる先が本当に無いか」を機械的に算出し、本人と労働局の双方に開示することを求める。
結論は「配置転換の余地なし」。1200人のうち、この結論を覆せた者は一人もいなかった。
制度の起点は、2027年の雇用継続法改正にさかのぼる。当時すでに、解雇の前に配置転換の可能性を検討する努力義務は存在した。だが実態は、形だけの打診で終わることがほとんどだった。人事担当者が本人の希望も聞かずに書類上の異動先候補を一つ挙げ、「本人の意向により見送り」と記録して手続きを終える——そうした事例が労働審判の場で繰り返し明らかになっている。厚生労働省の検証が示す、努力義務下で実際に配置転換が成立した割合は、対象者のわずか6%。
2033年、改正雇用継続法は「努力」を「診断の実施と開示」という具体的な手続きに置き換えた。企業は人員整理に着手する前に、認定を受けたシステムで再配置適性診断を実施しなければならない。診断は社内の全求人だけでなく、ハローワークに登録された社外の求人情報、本人が過去10年に経験した業務・保有資格・研修履歴までを横断して照合し、「適合ポジションあり」「適合ポジションなし」のいずれかを、根拠となった照合項目とともに出力する。結果は本人に手渡され、労働局にも同時に送付される。
「適合ポジションあり、と出た瞬間は、救われたと思いました」。テラフェイズ電機の生産管理部門にいた沢田美津子さん(52)は、そう振り返る一人だ。診断は本社の需給計画職への異動を「適合」と示した。だが実際に配置されたのは、別の子会社への出向だった。診断が指し示した部署に、沢田さんが立つことはなかった。「診断が出した答えと、会社が用意した答えは違いました。診断結果に強制力はない、と後から知りました」。
一方、退職に応じた堂本亮平さん(47)は、診断結果を「納得できるものだった」と語る。「社内にも社外にも、自分のスキルで動かせる場所は本当に無いと、数字で示されました。感情的に押し出されるより、まだ受け止めやすかった」。
診断を認定・監査する第三者機関「雇用継続適正化機構」の集計では、「適合ポジションあり」と出た件数のうち、実際に配置転換が成立したのは41%だった。努力義務下の6%からは大きく改善している。だが残る59%は、沢田さんのように診断が「ある」と言った先に辿り着けなかった人たちだ。乖離がどの段階で生まれたのかを、この集計は追っていない。
「診断の精度は上がった。問題は、診断の後に何が起きるかを誰も義務づけていないことです」。労働法を専門とする法政大学の氷室彬教授は指摘する。「『配置転換できる先がある』と機械が示したのに、それをしないことへの罰則が無い。診断は解雇の正当性を証明する道具にはなったが、配置転換そのものを保証する道具にはなっていません」。
テラフェイズ電機の人事担当者は、診断結果と実際の配置が食い違う理由を「診断が示すのはスキルの適合性であり、部門の受け入れ体制や本人の生活圏まで考慮したものではない」と説明する。「診断の限界の中で、できる限りの調整をしています」。
雇用継続適正化機構は来年、診断結果と実際の配置の乖離率を企業ごとに公表する制度の導入を検討している。乖離率が高い企業には行政指導が入る見込みだ。氷室教授はこれを「診断の次の一歩」と呼ぶ一方、経営者団体からは「診断はあくまで参考情報であるべきで、企業の裁量を縛るべきではない」という反発も出ている。
45秒で出た結論に、1200人が従った。だがその45秒が本当に測っていたのは、「その先に、あなたを本当に連れていく気があるか」だった。
診断が「まだ使える」と言うか「もう無い」と言うか。答えを決めるのは機械だが、その答えを見た後に何をするかを決めるのは、今のところまだ、人間のままだ。
参考文献
- 濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)— 日本型雇用における配置転換・解雇回避努力の法的位置づけの整理
- リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(東洋経済新報社、2016年)— 長寿化時代における再配置・再訓練の必要性を論じた基礎文献
- ダニエル・サスキンド『WORLD WITHOUT WORK――AI時代の新「大きな政府」論』(みすず書房、2022年、上原裕美子訳)— AIによる労働代替が進む社会での再分配・再配置制度の設計論
作中に登場する資料(本記事内のフィクション、2035年時点で成立している想定の文書・組織)
- 雇用継続適正化機構「再配置適性診断 実施状況報告書」(2035年度・想定)— 診断結果と実際の配置転換成立率の集計を示す想定資料
- 厚生労働省「改正雇用継続法 施行前検証報告(努力義務下の配置転換実施状況)」(2032年度・想定)— 旧制度下での配置転換成立率6%を示す想定調査