【山梨・甲府市=取材班】 2031年4月の夜、甲府市郊外の国道カーブで、対向車線からトラックが中央線をはみ出してきた。走行していた自動運転シャトルは0.3秒のうちに進路を選んだ——歩道を歩いていた親子を巻き込まないよう、車体をガードレール側へ切ったのだ。シャトルに乗っていた望月拓也さん(当時38)は車外に投げ出され、搬送先の病院で死亡が確認された。歩道の親子に怪我はなかった。
判決が下ったのは、それから二年余りが過ぎた2033年5月18日。甲府地方裁判所の法廷には、拓也さんの妻・望月久美子さんの姿があった。静まり返った傍聴席で、裁判長が主文を読み上げるまでの数十秒、久美子さんは膝の上で手を強く握り続けた。
0.3秒の判断、数年越しの審理
事故当時、シャトルを運行していたのは自動運転技術大手・蒼和モビリティ株式会社である。同社の車両は、回避不能な衝突が予測された際、複数の回避経路のリスクを演算し、最も被害の少ない経路を選ぶ「衝突回避優先ロジック」を搭載していると説明してきた。だが、そのロジックが具体的に何を「最も被害が少ない」と判定するのか——乗員か、歩行者か、あるいは年齢や人数を加味するのか——という中身は、一貫して「営業秘密」を理由に開示されてこなかった。
久美子さんが代理人の各務隆弁護士とともに開示請求訴訟に踏み切ったのは、事故から半年後のことである。「夫が死んだこと自体より、なぜ夫が選ばれたのかが分からないまま生きていくことのほうが、ずっと重かった」と久美子さんは振り返る。各務弁護士によれば、当初は損害賠償請求として提訴する案もあったが、久美子さんが最後まで求め続けたのは「判断の中身を見せてほしい」という一点だったという。
蒼和モビリティ側は法廷で、ロジックの詳細開示が技術流出につながり、模倣による安全性低下を招く恐れがあると主張した。二年に及んだ審理では、第三者機関による技術鑑定と非公開の技術説明が重ねられた。最終的に裁判所が下したのは、「生命に直結する判断基準の非開示は、被害者側の裁判を受ける権利を実質的に損なう」として、優先順位アルゴリズムの構造(何を判定要素とし、どの要素にどの重みを与えているか)を、当事者および裁判所指定の専門家に限定して開示するよう命じる決定だ。企業の技術情報全体の一般公開までは求めない、限定的な開示命令である。
匿名になった乗客
望月拓也さんが乗っていたのは、蒼和モビリティが運行する定額制の乗り合いシャトルである。拓也さんは利用者であって、所有者ではない。この違いは、「乗員保護」という発想の土台を静かに揺るがす。自家用車であれば、車内にいるのはメーカーと契約を結んだ購入者かその家族だ。共有モビリティの車内にいるのは、その回だけ乗り合わせた、運行会社にとって交換可能な乗客にすぎない。乗員と歩行者を分けてきた線は、拓也さんの側では最初から引かれていなかった——彼もまた、道の外にいる誰かと同じ、匿名の一人だった。
自動運転車が回避不能な事故に直面したとき、乗員を守るべきか歩行者を守るべきかという問いに、初めて世界規模の実務データを与えたのは、MIT Media Labが2018年に発表した「モラル・マシン実験」だった(Awad et al., “The Moral Machine Experiment,” Nature, 2018)。世界233の国と地域から集めた約4000万件の判断データは、この選好が乗員優先か歩行者優先か、若者優先か高齢者優先かといった軸で、文化圏ごとに大きく異なることを定量的に示した。ただしこの実験も、車内にいるのは守るべき「乗員」であるという前提の上に成り立っている。蒼和モビリティのシャトルには、その前提が最初から当てはまらない乗客が乗っていた。
ドイツ連邦政府が2017年に公表した「自動運転倫理委員会」報告書は、年齢・性別・身体的特徴といった個人の属性による被害者選別を明示的に禁止した、世界的にも先駆的な公式見解として知られる。だが同報告書も「乗員か、車外の第三者か」という核心の問いには、明確な優先順位を示さないまま踏み込むことを避けている。そこには、乗員として誰を守るべきかを定義する問いそのものが、そもそも用意されていなかった。未解決のまま残された空白を、蒼和モビリティのロジックは埋めていた——所有者でも購入者でもない乗客を、どう扱うかという答えを含んだ形で。
甲府地裁が命じた開示の範囲は限定的とはいえ、判定要素に「車内外の人数比較」と「衝突エネルギーの推定被害度」が含まれ、年齢や属性は判定要素に含まれていないことが、審理を通じて明らかになった。今回のケースで経路選択を決めたのは、歩道側の人数(2名)が車内の人数(1名)を上回っていたという、それだけの差である。拓也さんの隣の座席は空いていた。もし誰かがそこに座っていれば、車内の人数は2名になり、経路選択の結果は変わっていた可能性がある——拓也さんの生死を分けたのは、その空席だった。
もう一つ、開示によって明らかになったことがある。判定要素の一つである「衝突エネルギーの推定被害度」は、ガードレール側への回避を、歩道側への直進よりも被害が軽いと推定していた。だが実際に死者が出たのは、その軽いと見積もられたはずのガードレール側である。開示されたのは、不透明な判断であっただけでなく、外れた予測でもあった。
蒼和モビリティは「特定の個人を狙って選別したわけではない」と改めて説明したが、久美子さんにとって、その説明は慰めにはならなかったという。
開示された答えへの反応——賛否のあいだで
判決を受けて、国内の反応は割れた。乗客団体「シェアド・モビリティ利用者会議」代表の桐生美和子氏は「歩道側の人数が多い以上、妥当な判断だと思う。ただ、自分がその1名だったらと思うと、割り切れない」と話す。一方、蒼和モビリティのシャトルを日常的に使う利用者からは「対価を払って乗っているのは車内の人間であり、メーカーは乗員を守る義務があるはずだ」という声も根強い。年齢や属性を判定に含めない設計そのものを評価する声もあれば、「人数だけで機械的に決めるのも、別の形の選別ではないか」と踏み込む指摘もある。
倫理学者の広瀬悠・東京理科大学教授は「開示すれば納得が得られる、という前提そのものが甘かったのだと思う」と話す。「私たちが本当に直面しているのは、情報公開の問題ではなく、社会的合意が存在しない問いに、一企業が単独で答えを出し続けてきたという事実です」。
制度設計の側でも模索が続く。国土交通省の有識者検討会で委員を務める南条誠・名古屋工業大学教授は「業界横断の第三者機関を設け、各社の優先順位ロジックを事前審査する仕組みが要る」と指摘する。自動車工業会の一部からは、メーカーごとに異なる基準を持つこと自体がリスクだとして、業界標準となる統一優先順位を策定すべきだという声も上がる。両案とも、「では具体的に何を優先するのか」という一点では、いまだ合意に至っていない。
残された問い
判決から数日後、久美子さんは筆者にこう語った。「アルゴリズムの中身を知って、気持ちが軽くなったわけじゃない。ただ、誰も答えていない問いに、夫が巻き込まれていたことだけは分かった」。
開示された中身を見る限り、久美子さんが直面したのは「誰も答えていない問い」ではなかったのかもしれない。年齢も性別も身体的特徴も見ない、車内外の人数と衝突エネルギーだけの引き算——ドイツ報告書が禁じた属性選別は、一つも破られていなかった。もっとも、同じ報告書は「被害者同士を数で相殺すること」自体にも歯止めをかけており、歩道側2名・車内1名という頭数比較がその一線とどう整合するのかは、今回の限定開示だけでは判別しきれない。それでもなお、トロッコ問題が長く問うてきたのは、誰を選ぶべきかという道徳的な葛藤のはずだ。だが蒼和モビリティのロジックに、葛藤はなかった。規定を守り、規定通りに動いた機械が、規定通りに拓也さんを選んで死なせたとき、責める先がなくなる。甲府地裁の判決が最後に可視化したのは、誰も違反していない場所で、それでも人が死んだという事実だった。
参考文献
- Edmond Awad, Sohan Dsouza, Richard Kim, et al., “The Moral Machine Experiment,” Nature 563 (2018), pp. 59–64 — MIT Media Lab主導、233の国と地域から約4000万件の道徳的判断データを収集した大規模実験
- Jean-François Bonnefon, Azim Shariff, Iyad Rahwan, “The Social Dilemma of Autonomous Vehicles,” Science 352(6293) (2016), pp. 1573–1576 — 乗員保護と歩行者保護のジレンマを世界に先駆けて定量的に扱った先行研究
- Ethics Commission on Automated and Connected Driving, Federal Ministry of Transport and Digital Infrastructure(ドイツ連邦交通・デジタルインフラ省「自動運転倫理委員会」報告書)(2017) — 年齢・性別・身体的特徴による被害者選別を明示的に禁止した先駆的公式指針
- Philippa Foot, “The Problem of Abortion and the Doctrine of Double Effect,” Oxford Review 5 (1967) — トロッコ問題の原型となった思考実験の初出
- Judith Jarvis Thomson, “The Trolley Problem,” The Yale Law Journal 94(6) (1985) — トロッコ問題を倫理学の中心的議論として発展させた論考
- 国土交通省「自動運転車の安全技術ガイドライン」(各年版) — 国内における自動運転車の安全基準・制度整備の検討状況