壺が二つある。片方には、赤い玉が50個、黒い玉が50個入っていると知らされている。もう片方には、赤と黒が合わせて100個入っているが、比率は誰も知らない。好きな壺を選び、選んだ色の玉を引けば賞金がもらえる。
多くの人は、比率が分かっているほうの壺を選ぶ。計算上は、どちらを選んでも当たる確率は同じはずなのに、である。
3色の玉を使った元の設定
この現象を最初に整理したのは、経済学者のダニエル・エルズバーグだ。1961年に発表した論文「リスク、曖昧さ、そしてサヴェッジの公理」で示した設定が、よく知られている。
壺には90個の玉が入っている。
- 赤い玉は30個と分かっている
- 残りの60個は黒か黄色だが、その内訳は分からない(黒が0個から60個までのどれもありうる)
この壺から玉を1個引く。次の2組の賭けを考える。
第1の組
- 賭けA:赤が出たら賞金をもらう
- 賭けB:黒が出たら賞金をもらう
第2の組
- 賭けC:赤か黄色が出たら賞金をもらう
- 賭けD:黒か黄色が出たら賞金をもらう
実験で多く観察されるのは、第1の組ではAを選び、第2の組ではDを選ぶ人が多い、という結果だ。Aを選ぶ人は「赤は30個と確実に分かっているから」と答える。Dを選ぶ人は「黒か黄色なら合わせて60個と確実に分かっているから」と答える。
なぜこれが矛盾になるのか
AをBより好むのは、黒の数が30個より少ないかもしれない、と考えているときの選び方だ。つまり、黒が出る確率は3分の1より低いと見ている。
ところが、黒の確率が3分の1より低いなら、黄色の確率は3分の1より高い(黒と黄色を合わせた60個は固定されているため)。すると、赤か黄色(C)の合計は3分の2を超える。黒か黄色(D)の合計は、黒がいくつであっても3分の2のままだ。だとすれば、合理的にはCをDより好むはずだ。
AとDを同時に選ぶ人は、第1の組では「黒は少ない」と見て、第2の組では「黒は多い」と見ている。ひとつの壺の中身について、2つの矛盾する見立てを使い分けているのだ。
どの比率であっても、AとDの組み合わせを首尾一貫して選ぶことはできない。この矛盾が、エルズバーグのパラドックスと呼ばれる。サヴェッジの期待効用理論が前提とする「確実原則」(共通する結果の部分は、選択に影響しない)を人間が破っていることを示した例として、意思決定論で長く議論されてきた。
リスクと不確実性は、別のものとして感じられている
ここから見えてくるのは、人が「確率が分かる賭け」と「確率が分からない賭け」を、同じ物差しで扱っていないことだ。
確率が分かっている状況をリスク、確率そのものが分からない状況を不確実性と区別して呼ぶ考え方がある。エルズバーグの実験は、期待値が同じでも、人は不確実性(曖昧さ)の側に余分な嫌悪を感じる、と示している。これは曖昧さ回避と呼ばれる傾向だ。
注意したいのは、曖昧さを避けることそのものが間違いとは限らない点である。内訳が分からない壺には、出す側が不利な比率を仕込んでいるかもしれない、と疑うのは自然な警戒だ。ただ、その警戒が自覚されないまま選択を決めているとき、判断はゆがむ。
新規事業と投資の現場に置き換える
この傾向は、事業の意思決定に直接つながる。
既存事業の改善は「分かっている壺」、新規事業は「分からない壺」に見える。 既存事業の施策は過去の実績から成功確率の見当がつく。新規事業は、市場の反応も競合の動きも見当がつきにくい。期待値の試算では新規事業のほうが上回っていても、稟議の場では「数字が読める案」が選ばれやすい。比べているのは期待値ではなく、曖昧さの量になっている。
数字が出せる案が、数字を出す手間の差で有利になる。 確率の見積もりが粗くても、数字が付いているだけで「分かっている案」に見える。逆に、見積もりが誠実に幅を示した案は、幅があることで「分からない案」に見える。曖昧さを正直に書くほど不利になる構造がある。
曖昧さを減らす行動が、先に評価されてしまう。 小さな実験で壺の中身を少し覗くことは、曖昧さを減らす有効な手段だ。ところが組織によっては、実験の結果が出るまで判断を保留するだけで終わり、実験自体が意思決定の代わりに積み上がる。
問いを現場に戻す
エルズバーグのパラドックスは、「人は非合理だ」と結論づけるための話ではない。自分の判断のどこに、曖昧さへの嫌悪が混ざっているかを見つける道具として使える。直近の意思決定を、次の問いで見直してみてほしい。
- 却下した案のうち、期待値ではなく「中身が読めないこと」を理由にしたものはなかったか
- 採用した案は、数字の確からしさではなく、数字が付いていることで選ばれていないか
- 曖昧さを減らすために、いま実際に確かめられることは何か。確かめずに保留しているだけではないか
3つめの問いが、いちばん手を動かすきっかけになる。壺の中身は、引く前に少しだけ覗けることがあるからだ。
曖昧さは、避ける前に測れる
エルズバーグが示したのは、同じ確率でも、確率が見えているかどうかで人の選択が変わるという事実だった。曖昧さを嫌う気持ちは、取り除けない。ただ、その気持ちが判断のどこを動かしているかは、あとから確かめられる。
次に「分からないからやめておこう」と言いそうになったとき、分からないのは確率なのか、確率を知る手段を試していないだけなのか、一度だけ区別してみたい。
関連する思索
参考文献
- Daniel Ellsberg, “Risk, Ambiguity, and the Savage Axioms”, The Quarterly Journal of Economics, 75(4), 1961, pp. 643–669.
- Leonard J. Savage, The Foundations of Statistics, Wiley, 1954.